助成先だより|キヤノン財団

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ゆらぐ生命現象の可視化デバイスの開発「産業基盤の創生」第5回助成 助成期間:2014年4月〜2015年3月

助成期間中の先生の研究内容について

高画素8KCMOSセンサーを生き物撮影に使用し、
広視野・高解像の生体内可視化を実現

一番分かりやすいのは、画素数の大きなCMOSセンサーという、主にデジタルカメラなどで使われるセンサーを使用し、生き物の体のなかを、生きたまま撮影したということですね。解剖ではなく、生き物をいかに撮影するか、という研究です。

現在、キヤノンの8KCMOSセンサーを使っている基礎生物・研究者は、おそらく私しかいないと思うので、キヤノンや医療機器開発とも結びつきの強い研究だと思います。

結果として、8KCMOSセンサーを使用するという超ハイテクかつ意外な方法で、マウスの体内を広視野・高解像で撮影することができました(画像)

腸管絨毛
脂肪組織

研究助成後の進歩・発展は?

超小型化センサーで、皮膚診断などの分野でも新たな技術を展開

巨大なシステムをつくるだけが基礎研究というわけではありません。医療現場では小さいシステムが好まれます。小さくても、部屋1個分あるような大きな顕微鏡と同じ理論的解像度が出せるような装置を開発しており、皮膚診断などの分野でのアプリケーション開発を開始しています。

たとえば、皮膚科には、ダーマスコープという既存の検査機器があります。ほくろなんかをじっと見るループみたいなものなのですけれど、必ずしもよく見えるわけではありません。結局、普通のカメラベースの接写レンズでずっと撮るのとあまり変わらないんです。一方で、私が小さくした本システムでの機器は、空間解像度が顕微鏡レベルになっているんですよ。ひとつひとつの細胞の中まで分かります。そうなると、今までのように外側から見たとしても、がんかどうかという判断の精度が格段に上げられるんです。さらに、倍率・焦点距離を無限可変にしており、システムの自由度を高めています。今、皮膚科の先生と一緒に、臨床研究を始めようとしているところです。

ほかにも、波長域を広げた例では、赤外線顕微鏡を、最近作っています。中赤外線、近赤外線を使うと、体内を色づけしないでも染めたように見えます。

このような研究を始めたきっかけは何ですか。

私は医学部出身で、循環器内科の心臓カテーテルという、心筋梗塞などの治療をしていた時期もあります。生体に関する研究を始めたのは2004年なのですが、このようなカメラとか撮影に振った研究は、ここ10年ぐらいです。心臓はなぜ動くのか、みたいな古典的な研究をしている時期に、顕微鏡を使う機会が結構あったのですが、2004年の頃は、まだ顕微鏡は今ほど性能が高くなかったんです。そこで、自分で見よう見まねで色々とつくり込んだんですよね。

もともと、中学、高校ぐらいのときからモノづくりが好きで、ソフトも書けるし、そこそこの実装部品だったら自分でも作れます。実装スピードをアドバンテージにして、手作りイメージングみたいなことをやりだすと、いろんな人からいろんな体の画像を撮ってほしいと言われるようになりました。さらには、各光学機器メーカーからもこのセンサーを使ってみてほしいとも言われるようになり、開発研究も手伝ったりするようになりました。医者としての研究に、モノを作ることが加わると、だいぶ世の中に還元できると思ったのもきっかけのひとつです。

研究を始めてからのエピソードは?

小中高生向けのモノづくり授業を開催

小学校の中高学年に向けた、モノづくり授業を行っています。例えば、子どもにラジコンを買うのではなくて、部品を渡してゼロから作るという子供向けの教育です。最近は、工具の使い方とかが分からない子どもが大半ですから。デザイン性があって、私が全然想定しなかった工作とかする子どももいて面白いですよ。ほかにも、格安ドローンの部品をばらして、モジュールのまま動かすところを見せたり。ジャイロセンサーですらばらしても動くので、その状態で飛ばすと、ドローンはどうやって飛ぶのかが子どもにも分かります。

身近にあるテクノロジーを子どもたちに理解してもらい、使えるようにしてあげるような授業を行っています。大学からの紹介事業ではなく、自ら学校と交渉してやっています。こうやって子供を喜ばせることが、社会還元の一つだと考えています。

私のライフタイムの中では、ものを作ってる時間が圧倒的に長いんですが、その次に多いのが、人と話している時間です。一昨年は、名刺を年に1000枚配ろうという目標設定を自分に課しました。その前は1500枚配ったんです。毎日毎日、10人近くと話をするんですから時間はどんどんなくなります。自分に、数字を設定するのが好きなんですよ(笑)。

研究者がする数字設定って、いまは、論文のインパクトファクターの点数です。だけど最近は論文を書いたから世の中が変わるということは実はあまり多くありません。自分なりに、研究を通してどうやって世の中に関わろうかと考えたときに、人と話すことだと思いついたんです。人と会う方が面白い発見もありますしね。

今後の夢はありますか?

毎月2、3冊思いついたアイデアを発明手帳に書き留めていて、しょっちゅう見返すんですよ。発明すると、全部実装して試したくなるんです。とはいえ、実装でうまくいくのはごく一部ですし、特許になるのも事業化も、ほんの一部ですね。私は実装を試すのが好きで、「ドラえもん」みたいに、あったらいいなと勝手に考えてるのが好きなんです。もちろん、すごく遠くのゴール設定をする人もいると思いますが、私はあえて、将来を明確には決めていません。自分の好奇心を、ただひたすら満たし続けることが夢です。

では最後に、先生がこれから見てみたいものは何かありますか?

見たいものを最初に決めてしまえば、力業でもなんでもすれば、大概見えるようになるんですよ。大変なのは、見たいものが分からない時ですよね。なぜか病気、さあ、どうしましょう、みたいな。現状では、1匹の動物あるいは人から、リアルタイムにたくさんの情報を取る研究をしています。観察している私と、生き物との間の通信回線をどんどん太くしているのが私の研究ともいえます。もし、そのパイプを極限まで太くしていったらどうなるのかなあっというのは、よく思います。

情報が多いことは動物愛護にもなります。動物実験で使う動物の数がものすごく少ないのが私の特徴で自慢なんです。なぜなら、1匹の動物からもたくさんのサンプル数、たくさんの画像が得られるシステムになっているからです。ごく少ない動物でたくさんの情報が得られると、自然と、動物実験に使う動物の数は減っていきます。

画像だけでなく、生き物全体を、気持ちや運命や何もかも含めて理解できるようなツールを作っていきたいですね。

Profile

西村 智(にしむら さとし)

自治医科大学 分子病態治療研究センター
分子病態研究部 教授

http://www.invivoimaging.net/