助成先だより|キヤノン財団

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未分化のiPS細胞を識別・除去できる方法の開発「産業基盤の創生」第6回助成 助成期間:2015年4月~2017年3月
採択テーマ:RNAナノテクノロジーを活用した細胞運命の人為的制御法の開発

助成期間中の研究内容について

主に、iPS細胞など、標的の細胞を識別・除去できる方法の開発

iPS細胞研究所では、体のほぼあらゆる細胞に分化できるというiPS細胞の特性を利用し、さまざまな細胞がつくられています。それをもとに再生医療に向けた研究が進んでいて、例えば、パーキンソン病治療のためにiPS細胞から神経細胞をつくり、実際の移植が始まろうとしています。しかし一般的に、iPS細胞を用いた細胞治療においてiPS細胞が分化しきれない場合、神経細胞以外の未分化細胞が危険な細胞として体の中に残ってしまい、がん化する恐れがあります。私はもともと、この「腫瘍化」を防ぎ、目的の細胞だけを選別するという技術に、RNA※1が使えるのでは思い、細胞の中に人工RNAを入れる研究をしていました。そして、細胞内の環境に応じて、目的遺伝子の発現を自在にON/OFF制御できる、「RNAスイッチ」という新技術ができつつあった頃に、キヤノン財団の研究助成公募に応募し、採択されました。

助成中は、そのスイッチ技術を更に拡張する形で研究を進め、合成したRNAを細胞に直接導入して、未分化のiPS細胞を識別・除去できる方法の開発に成功しました。iPS細胞とそうではない細胞があった時に、RNAスイッチをそれら細胞内に入れると、細胞をきちんと見分け、未分化のiPS細胞を検出し、除去できるというシステムです。

もう1つの研究が、RNAを材料にした、生体内で働く「分子ロボット」の開発です。細胞内外で機能する分子ロボットをつくろうとしました。イメージ的には、「ミクロの決死圏※2」に近いですね。RNAによって、体の中のいろいろな働きを人為的にコントロール出来るのではないかと思っています。基礎的な段階ではありますが、その研究も進めました。

これらの研究は、合成生物学という研究領域にも関連しています。その分野は2000年頃から出てきた概念です。これまでの生物学は、生物の仕組みを「調べる」ことが多かったのですが、合成生物学は、調べて分かってきた分子で生命のシステムを組み上げて、生命を理解、制御しようという分野です。一般的にはバクテリアベースの研究が多かったのですが、私は哺乳類をつかったRNA合成生物学の研究を進めています。

※1
細胞内でのタンパク質合成の過程において、DNAからの転写で出来る高分子。
※2
1960年代のアメリカのSF映画。劇中に、医療チームが潜水艦ごとミクロ化し、脳内出血の患者の体内に潜り込んで手術するというシーンがある。

研究助成後に進歩・発展したことはありますか?

産業化を目指しバイオベンチャーを設立、その名もアセルナ!

助成中から、開発した技術を使ってより産業応用につなげたいという気持ちがあり、今年4月にバイオベンチャーの会社を設立しました。会社名は、Ace(切り札)に私たちが使っている分子のRNAをつなげて『AceRNA(アセルナ)』。iPS細胞研究所長の山中伸弥教授も学会で話しているように、再生医療は頑張って進めないといけないけどあせらないでやっていこう、という意味も込めています。

このバイオベンチャーでは、RNAを使った再生医療や新しい創薬の開発をめざしています。ある細胞に対してはこういうRNAがあれば、選択的に識別、殺傷ができるという辞書(アトラス)のようなものもつくろうとしています。まだ計画段階ですが、ゆくゆくは創薬の方にも技術を展開したいと思っています。今製品化に向けて動いているのが、色々な細胞を判別、純化できるRNAで、来年以降になりますがまずは試薬として出せたらいいなと思っています。ここ3年くらいで、頑張って軌道にのせたいですね。

他の成果としては、分子ロボットの開発にも関連しますが、RNAを細胞の中に入れて色々と細胞の働きをコントロールするという論文発表を、ネイチャーコミュニケーションズという雑誌ですることができました。

さらに、基礎的な技術の核ができて、いろんな細胞を選び出せるということがわかってきたので、iPS細胞研究所の脳神経、血液、心筋を専門とする先生方と共同研究を進めています。先生方から現場の問題点やニーズを聞くと、工学部出身のマインドとしては、困っていると言われると新しい技術開発をしたい!という気持ちになります。

では、研究者になろうと思ったきっかけは?

面白い実験結果が出ることがエキサイティング!

もともと小さい頃から宇宙の起源や生命の起源に興味があり、理系の成績はあまり良くなかったのですが(笑)、宇宙の仕組みを知りたいという気持ちで理系に進みました。大学院の頃に、授業でRNAと生命の起源という話を聞いたことがきっかけで、RNAの研究を始め、博士課程の時にニューヨーク州立大学に行きました。ここでの研究生活が、今も私の原点になっています。

RNAは、生命の起源の一番キーになる分子だったのではないかという生命の起源仮説があります。DNAは、遺伝子の情報は保存できますが、髪の毛などのタンパク質にはなれません。色々な機能を出せないのです。一方で、RNAは遺伝情報の保持もできますし、タンパク質のような働きをすることもできます。一般的な生物の教科書の中でRNAは、細胞内でのタンパク質合成の過程において、DNAの情報からタンパク質を作る反応の間に存在しますので、どちらかと言うと脇役的なイメージがあるのですが、生命に大事なのは情報と機能ということを考えたら、両方の役割をもてるRNAが主役だったんじゃないかという仮説があると聞き、RNAが面白いなと思ったんです。

大学院生の間に、企業に就職するかどうするかも考えました。でも、実際に実験をやっていると、滅多にないのですが面白い結果が出ることもあって、それがエキサイティングで、研究を続けることにしました。

いつからiPS細胞研究所に?

2010年に白眉プロジェクト※3が始まり、その1期生だったのですが、偉い先生方に会って色々と話を聞くという企画があったんです。ちょうどiPS細胞研究所ができて間もない時で、所長の山中教授と若い研究者との懇親会がありました。そこで話をした山中先生は、偉そうな感じではなく、同じ視点で話をしてくれる良い先生だなと思いました。ちょうどその時は、研究所にも空きスペースが多く、こういうところで研究できたらいいなと思っていたところ、タイミング良く研究者募集の公募があり、その時は全く分野が違うRNAをデザインするような研究をやっていましたが、iPS細胞の技術とRNAの技術を組み合わせて新しいことをしたいと、ダメ元で応募したらたまたま採用され、今に至っています。

※3
次世代を担う先見的な研究者を育成するために京都大学が立ち上げたプロジェクト

では最後に、今後の夢は?

幸いにしてこの研究所に勤めているのですから、みんなに使ってもらえる、役に立つ技術をしっかり確立して、ゆくゆくは医療につなげるようにしたいと思っています。ひとつは、がんをターゲットにした研究を進めること。実際にがん細胞を制御したり動きを止めるような仕組みを作りたいと思っています。非常に難しいのですが、難しいことにチャレンジしないと何も始まらないので。

並行して、最も根源的なところですが、細胞が出来る仕組みの研究も進めたいですね。実はiPS細胞がなぜ出来るのかという根本的なこともちゃんとわかっていないので、細胞が出来る仕組みをきちんと理解して、生命の起源にもつながる研究をつきつめていきたいです。

この2つを両軸に研究をしていく中で、どちらかの理解が進めば、次世代の生命科学や医療が大きく進むこともあると思います。

それから、中堅研究者として、自分の研究室から若手の優れた研究者を育てていくことも夢のひとつです。そのために、研究しながら、自分が忙しい姿を見せるのではなく、研究をしていて自分が面白いと思っている姿をそのまま分かってもらえる様にということを心掛けています。

面白くて意義があって誰もしていない研究を見出して、学生さんや研究員のみんなとディスカッションしながら勇気を持って一緒に飛び込んで、新しい分野を開拓していきたいですね。

Profile

齊藤 博英(さいとう ひろひで)

京都大学
iPS細胞研究所 副所長 教授/博士(工学)

http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/