非観血無侵襲の超迅速センチネルリンパ節生検システムの開発「産業基盤の創生」第6回助成 助成期間:2015年4月~2017年3月
助成期間中の先生の研究内容について
超音波観察のみで、現在の病理確定と同じレベルの診断ができるシステムの開発
超音波は、様々な疾患の診断や乳がん検診などでも広く使用されていますが、実際に疾患の確定に至るには、スクリーニング後の切開や摘出など、多くのプロセスを経た上での病理検査が必要です。超音波検診は基本的には形態診断または動態診断(体外から体内組織の形状や動きを見る診断)なので、疾患確定のための物理的なエビデンスがないのです。そのため、病院では診断と病理確定が分離しており、両方を行う研究者はほとんどいませんでした。
そのような状況の中で、私の研究では、体の外からの超音波観察のみで、現在の病理診断と同じレベルの確定診断を達成するということを究極的な目標にしています。
もともと私は、体内の臓器などを対象とした一般的な超音波(エコー)診断の高精度化という研究と、体外に摘出した組織に対しての細胞レベルの細かい評価を音で行う研究を併行して実施してきましたが、この二つを技術的につなぐことが難しいとされています。私としては、双方の研究を進め、そこをつなぐシステムを構築するとこで実現が可能と主張してきましたが、基礎と応用の両面の研究を同時に行うために予算がつきづらく、開発にはなかなか着手できない状況だったのです。そのような状況でキヤノン財団に採択されて助成を受け、まとまった予算がついたので、助成期間中はシステム開発を集約的に行いました。
開発した超音波生体計測システムでは、体内と体外の生体組織を任意の周波数帯で観察し、様々な大きさの組織に対する解析や評価が可能となりました。現在の超音波診断装置と超音波顕微鏡の能力を併せ持つということです。また、肝臓の中のがん化しやすい脂肪酸の傾向も超音波で解明できるようになるなど、大きな成果が上がりました。
研究助成後に進歩・発展したことはありますか?
助成期間中は、元々の研究テーマであった乳がんや肝臓疾患を主な対象としていましたが、現在は形成外科系の研究も複数進めています。独自性のある目立つ研究をやっていると、異なる領域の学会や学内での認知度が上がり、医学部のコーディネーターを通して、附属病院の形成外科や看護学部などの先生方ともつながりができました。リンパ浮腫や潰瘍など、皮膚に近い部位の疾患は、表から形状的な違いが見えるけれども中はどうなっているか分からないという問題を抱えています。私の提案技術では、顕微鏡による病理検査から超音波診断までをシームレスでできるところまできています。臨床的な応用は超音波で観察しやすい皮膚系で進んでいますが、逆に言うと、皮膚でどの程度までできるか、ということが分かると、もともと対象としていた肝臓やリンパ節での成果が期待できます。
もう1つの大きな進展は、超音波生体計測システムの能力の向上です。超音波で光学顕微鏡レベルのサイズで生体組織の物理的な特性を知ることができる装置として超音波顕微鏡がありますが、開発システムでは、これを高精度化するとともに大きな生体組織も観察可能としました。これまでは3ミリ角程度の組織しか測れませんでしたが、現状では10センチ角まで安定して測れるようになりました。10センチ角まで測れると、大体の臓器は測れますし、高精度を維持しつつ任意のサイズで特性を評価できるため、体内と体外での評価結果をマルチスケールで結び付けることが可能になります。
顕微鏡のレベルからエコー診断のレベルまでひとつにまとめて、かつ、体外から体内まで、大きいものから小さいものまで、というようなマルチスケールで、基礎から臨床も含めて総合して研究しているのは世界的にほぼ例がありませんので、このあたりが私の研究の珍しいところですね。
臨床の進捗はどうですか?
超音波の場合は、既に臨床で使用されている装置がありますので、あとは解析法や信号処理のアルゴリズムの問題です。自作の装置や特殊な条件でこれらが実現できれば、あとはその結果を臨床用装置に実装すれば良いわけです。この状態になって、臨床データを取り始めれば、新規診断法として認められるまでの年数はあまりかかりません。ただ、私がやりたい病理診断レベルでの疾患確定を実現するためにはものすごく多くのデータ蓄積が必要です。超音波で細胞を見たらこういう値が出ます、というような音響特性データベースをつくるには膨大な時間が必要ですから。血液検査のように、世界中どこでも同じです、というレベルになるには、やはり10数年はかかりますね。病理学的性質を音で見ることができるところまで進むと、健康診断やがん検診で異常や疾患の程度までが確定できるようになりますので、社会的なインパクトは強いと思います。
研究中のエピソードは?
キヤノン財団の助成のおかげで、共同研究先はものすごい数に!
実際に研究成果を示すと、いろいろな方面から声がかかるようになり、私の研究内容に興味を持ってくれる人が増えました。助成前も様々な学会で発表はしていて、もともと幅広く共同研究をするタイプではありましたが、これほど多くの声掛けはありませんでした。同時期に助成を受けていた研究者から生体評価の依頼を受けたりもしていますので、今や共同研究先や研究依頼はものすごい数になっています。準備も実施も時間のかかる研究ですが、実直に取り組み、様々な場所で発表することで、自然と人脈が広がりました。海外の連携先も増えました。今は年間2~3人の大学院生が、1~3ヵ月程度の期間で海外の研究機関で研究できるようにしているのですが、それなりの実績があると共同研究やインターンシップ生として送りやすいのです。これは研究実績ではなく、どのような研究助成を受けているかという実績も大きいのですが、キヤノン財団は1件あたりの助成金額が大きいので目立っているんですよね。少なくとも医工学の研究者たちは、キヤノン財団の支援を受けていたとなると、すごい実績だという意識があります。
また、大学で所属する医工学センターのアウトリーチ活動の立ち上げを中心になって行い、千葉市の小中学生向けの市民フォーラムや市民講座を開催しました。超音波診断にまだまだ先があることを伝えると、みなさん驚かれるとともに楽しみにしてくださっています。
超音波を専門に研究者になったきっかけは何ですか?
様々な分野、環境での体験を経て、今の世界へ。
私は高等専門学校で電子制御を学び、卒業後は約2年間、建築系の企業に勤務しました。ずっと「知りたがり」で、気になることは色々とやってみないと気が済まない性格のため、異業種の企業に入社し、やりがいはあったものの、自分には開発が合っているのではないかと考えて、大学に編入しました。最初は、情報工学科で計算機の勉強をしていましたが、3年生の時に、千葉大学に赴任してきた蜂屋弘之先生(現東工大教授)が、非常に多角的に超音波の研究をしている方だったんです。4年生で蜂屋先生の研究室に配属されると、すぐに医用超音波の研究を始めましたが、それだけでなく、海や地中の探索などいろいろな実験に連れていってもらいました。超音波の基礎を勉強しつつ、企業や他の研究室の教授たちと一緒にプロジェクトを組んだこともありました。それがきっかけで、これは面白いなと。これだけいろいろなことができるなら知的好奇心が枯れることはないなということも分かり、大学に残らない手はないだろうということで、修士1年生の時にはもう、「博士課程にいきます」と宣言していました。そして今に至っています。いつもやりたいことがあると横道にそれてしまうので、一般的な大学教授のような真面目なルートは通ってきていないのですが(笑)。
最後に、今後の夢は?
まずは現在の研究に関してですが、私の技術や物理的知見を直接的にでも間接的にでも広く使っていただいて、身体にもメディカルスタッフにも資源にも負担の少ない診断や治療支援が多数展開されると嬉しいですね。
また、もともと私の師匠の蜂屋先生が海の計測もやっていて、私自身も研究に参加したりダイビングをやっていたので、海には以前から興味があります。海の中は、光も電磁波も通りづらいので、イルカなどもそうですがコミュニケーション手段は、基本的には音なんですよね。海の中のコミュニケーション手段や魚群探知機などの精度の向上、また、網にかかった不揃いの魚の種類と数をカウントしたりという技術がありますが、私の技術もそのあたりに組み込めますので、超音波技術の転用の範囲は尽きません。
今後は、今のテーマの究極を目指しつつ、その技術を海の研究にも向け、同時進行させていきたいと思っています。
また、私はこれまでいろんな人に教えていただいて、いろんなノウハウをいただき、普通ではできない経験も多くさせてもらっています。これからは若手にそのようなチャンスを与えて、育てていきたいですね。