助成先だより|キヤノン財団

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気候変動の鍵を握る南極の海「理想の追求」第4回助成 助成期間:2013年4月~2017年3月

助成期間中の先生の研究内容について

簡単に言うと、2000年に渡る海洋大循環が一番のテーマ

地球の海をお風呂に例えて考えてみてください。上が熱くて下がぬるい場合、かき混ぜたいと思っても、口で吹くだけでは混ざらず、全体は手を使わないと混ざりません。それと同じで、水深5000~6000メートルもある地球の海全体をかき混ぜるためにはとても大きな流れ=海洋大循環が必要なのです。

海は、熱・塩・酸素・CO2・栄養等を膨大に溜め込み、海洋大循環によってそれを地球全体に輸送しているのですが、それが止まってしまうと、地球の海を今のような温度に保つことも出来なくなり、その影響は測りしれません。海洋大循環について研究することは、私たち人類にとって非常に大切なことなのです。

海水が寒い所で氷になろうとする時塩分を排出するのですが、塩分は重いので沈みます。南極の沿岸域ではたくさん氷が作られており、その時に塩分が排出され重くなった水が大陸斜面を下っていきます。その沈み込んだ底層水が北太平洋で上昇して、表層で海流に合流して最終的には南極に戻ってきます。この海洋大循環の仕組みについては理論的には分かっていましたが、そこを定量的に明らかにしようと、助成期間の4年間は、観測に行かず、各分野のプロフェッショナルと共に様々なデータを集め、数値モデルと衛星解析とデータ解析に集中しました。4年目最後の時に、それぞれの成果をまとめひとつのシミュレーションを行い、南極まわりから重い水が下っていって、地球の海に流れ込んでいるということ、つまり、南極の沿岸域が、海洋大循環の出発点であることを再現することが出来ました。

今、南極北極では温暖化等の気候変動が起こっていますが、特に南極は、気候変動に最初に反応する場所です。ここを我々がモニターできる状況さえつくっておけば、今後異変が起きた時にはすぐ報告することが出来る知見を得よう!というモチベーションでやっていました。どちらかというと基礎研究に近かったのですが、おかげで、助成研究後のステージは視野も非常に広がりましたし、研究の幅も広がりました。

では、研究助成後の進歩・発展は?

助成期間中の派生ネタとしてあったことなのですが、終了後は、南極氷床が融解することによる海水準変動についての研究にシフトしています。

気温が上がると海の水は膨張しますが、今、海面は熱膨張により、10年間で数ミリくらいあがっています。ただ、今後、熱膨張ではなく、地球にある氷の9%を占めるグリーンランドの氷が融け出すと、6~7メートルくらい海面が上がり、90%を占める南極の氷が融けると、50数メートル海面が上がります。それくらいの氷が南極にはあるのですが、厄介なのは、南極の氷の下の地盤は海面より低いということです。もし暖かな水が氷の下に常に入れるようになると、下から氷を永遠に融かし続け、南極の氷の下が水浸しになってしまい、融解が後戻りできない状況になってしまいます。そうなると、海水面が数メートルから数十メートル上昇することになりますので、それについて今のうちにより明らかに、正確にデータを出そうと、現在、観測や数値シミュレーションを行っています。

助成終了後に始まった重点研究観測という発展型の研究では、6年間で3億円の助成を受けています。海水準変動予測は、明らかに社会へのインパクトがある研究ですが、キヤノン財団の助成期間中に成果を出せたからこそのステップで、その成果がなければ、いきなり3億円はもらえません。キヤノン財団のおかげで、研究は着実に進展しています。

キヤノン財団で印象に残ったことは?

助成金が、1700万から3000万に増額!!
青春のようなプロジェクトでした。

申請時点では、助成金額は、1700万で申請していました。ところが、面接の段階で、1700万円で足りるの?と聞かれ、非常に驚いたのを覚えています。結果的に、助成金額3000万で採択されましたが、そのおかげで、研究は大きく進みました。申請額より助成金が増えたというのは、今でも聞いたことがありませんし、研究者人生で最大の自慢です(笑)。

それまで、誰にも相手にされない研究で、キヤノン財団の合格は本当にありがたかったです。若手の我々メンバー自分たちの力だけで合格を勝ち取り、自分たちの力だけでプロジェクトを動かして成果を上げるんだという思いで取組み、青春のようなプロジェクトでした。おかげで今の状況につながり、キヤノン財団への恩返しも出来ているんじゃないかなと思います。

研究者になろうと思ったきっかけは?

昔から理系は好きでした。高校生になって、新聞で北海道大学の低温科学研究所が南極や北極に行った、という特集記事がありそれを読んでいたりしたので、南極は、その頃から漠然と興味はあったのですが、本格的に考え出したのは大学に入ってからですね。大学1年生の時、一般教養で南極観測の授業を2つ取ったのですが、2人の教授とも南極に行った経験があり、その話がとても面白くて。そこから、これを研究して生活していけたらいいなと思い始めました。

どうせやるのだったら、海の2000年大循環など、壮大なものがいいなと思いましたし、南極で起こっていることがあまりにも分かっていなかったので、分かることによって地球全体のことが分かり、人類の生活が良くなる、というのが良いなと思いここまでやってきました。

南極には、これまで4回行きました。プロジェクトリーダーとして2年後にも行く予定です。個人的には寒い所にはあまり行きたくないのですが(笑)

今後の夢は?

海洋大循環は、2000年かけて地球を1周するような、とても大きな流れなので、好意的に考えると、それを研究することは、雄大なスケールで夢があってロマンがありますよね。でも、世の中からすると、それが何の役に立つのですか?と聞かれることもあります。研究者たるもの、やはり世の中の役に立ちたい、というところはありますので、南極の氷が融け出すことで、海水準が20メートル上がりますよというような、より正確な情報を提供できるようにして、人類の未来に大きく役立つプロジェクトにしていきたいと思っています。

私の研究はどちらかというと、多くの人が協力してくれないと出来ないプロジェクトです。他の研究者が自分のやりたい研究をやりながらも私たちの研究に参加でき、成果はみんなでまとめたものとして出てくるような、そういうプロジェクトをやっていきたいですね。プロジェクトメンバーも満足しつつ、でも研究者だけが楽しい内輪ネタではなく、出した成果が、目に見える形で世の中の役に立つような研究を続けていきたいと思っています。

Profile

田村 岳史(たむら たけし)

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
国立極地研究所 准教授/博士(地球環境科学)

http://www.nipr.ac.jp/