助成先だより|キヤノン財団

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革新的な糖尿病治療
― 機械も注射も使わない人工膵臓の開発 ―「産業基盤の創生」第6回助成 助成期間:2015年4月~2017年3月
採択テーマ:糖応答性高分子ゲルによるインテリジェント型人工膵臓の開発

助成期間中の研究内容について

糖尿病治療のための人工膵臓の開発・実証

糖尿病は放置すると、腎臓障害や視覚障害などさまざまな慢性の合併症をひき起こす、とても怖い病気です。1型糖尿病や進行した2型糖尿病※1治療のために、血糖値を下げるためのインスリン※2投与は必要不可欠で、その治療法は、一日に何回か患者さん自身で直接皮下に打つインスリン注射療法や、インスリンの入ったチューブを皮下に付け体内へ供給する機械型のインスリンポンプ療法などがあります。しかし、自己注射は労力と注意が必要ですし、患者さんからすれば、インスリンポンプは高額で故障の可能性があるなど、いろいろな問題があるのです。そのため、より簡単で安い、「人工膵臓」の機能を持つ材料をつくろうという研究は、昔から行われていました。

ボロン酸※3の研究をしていた私は、血糖値の濃度に応答して、インスリンの拡散をうまく制御する材料の技術、アイデアをもともと持っていました。しかし、その実証は出来ていなかったため、キヤノン財団の助成に応募しました。そして、助成期間中には、血糖値の濃度に応答して作用するゲルをカテーテルと組み合わせた、「人工膵臓」を開発し、それを使ってマウスレベルで安全性や持続性などを検証し、十分な糖尿病の治療効果があることを実証することができました。

人工膵臓のような機能を持つ材料をつくろうとする時、タンパク質を使おうとするのが一般的なのですが、タンパク質は変性が早く、持続性がなく、毒性も非常に強くなってしまう一面があるんです。我々の研究の特徴のひとつは、タンパク質は全く使わず、完全合成型のゲルを使ったことにあります。材料自体が分子レベルで血糖レベルに応答して作用するので機械、電気を使わない、そしてタンパク質も使わない材料を開発する、そんな前代未聞のチャレンジングな研究でしたが、助成期間中に、なんとか実証まで達成することができました。実は助成期間途中に、共同研究者が地方へ転勤し、材料を作っては宅急便で送ったり、新幹線で運んだりと物理的な苦労もありました(苦笑)。

※1
1型、2型糖尿病:1型は生活習慣ではなく主に遺伝的な要因によるもので、日本では数%、2型は肥満等生活習慣が関係するもので、日本では95%を占める。
※2
インスリン:膵臓から分泌される血液中の糖度を下げるホルモンの一種。
※3
ボロン酸:生命起源にも関わっているという説があり、うがい薬などにも入っている比較的身近な分子。ホウ酸の一種。

助成後の進展は?

キヤノン財団の助成のおかげで注目され、助成後にはAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)のプロジェクトがスタートしました。マウスでは十分な結果が得られたものの、人間はマウスの1000倍の大きさなので、スケールアップをねらって実証に挑戦しています。マウスでは、カテーテルに穴を空け、そこからインスリンを拡散していたのですが、1000倍の機能を出すために穴を1000倍にすることは不可能です。そこで、カテーテルを使うかわりに、ある程度の大きさの分子が通過することが出来る透析膜※4とゲルを組み合わせ、マウスの10倍の大きさのラットレベルで、現在実証を進めています。

それから、今研究分野としても最前線である「血糖値スパイク」の治療法の開発にも取り組んでいます。血糖値スパイクは、隠れ高血糖とも言われ、食後一時的に血糖値が上がる病気です。通常の健康診断で分かるものではなく、自覚症状もありません。がんやアルツハイマーなどの万病のもととされ、知らないうちに、血管に対するダメージが蓄積し、中からどんどん蝕まれてしまうとても怖い病気です。糖尿病と同じように早期にコントロールするべきなのですが、血糖値スパイクは本人にもわからない未病のような状態なので、患者さん自身が治療をしようと思わないというのが現状です。だからこそ、究極的に扱いやすく、極力安い技術を開発していかないと、治療として受け入れられないんです。最終的には、この血糖値スパイクに対する治療法にも応用していきたいです。

※4
透析(分子サイズ等の差を利用して物質を分ける方法)治療に用いる専用の医療用品。

先生の研究の社会的インパクトは?

貼るだけ体内病院

究極的に低侵襲化する目的で、今、長さが1ミリもないマイクロニードル(無痛針)型の、上腕や背中に「貼るだけ人工膵臓」の開発も行っていますが、人工膵臓だけではなくて、他の薬剤やサプリメントなど、いずれは全て貼るだけで済むようにしたいですね。病気の診断、治療など、病院が行う全てを、超小型のカプセルによって体内で完結させるというのが「体内病院」のコンセプトですが、それを貼るだけで完結させる「貼るだけ体内病院」が実現すれば、社会的インパクトはとても大きいと思います。

マイクロニードル技術で、今一番先に実用化しそうなのはワクチンなんですが、ワクチンで使おうとしているマイクロニードルの材料は、体に触れるとすぐに分解してしまうような材料なんです。安全面ではその方が良いのですが、我々は、1週間は貼りっぱなしにしたいので、持続性の観点からシルクを使った材料を開発するなど、よりチャレンジングな試みを行っています。ウィークリー、マンスリーの持続型の機能を持ち、完全にプログラマブルな供給パターンを実現するという医学的なニーズはだいぶ顕在化してきているので、「貼るだけ体内病院」は、それに応える答えの1つになると思っています。

では、研究者になろうと思ったきっかけは?

小中学生の頃はカープファンの野球少年(今もです!)で、研究者になろうとは思っていませんでした。高校生の頃に、素粒子に興味をもち物理を勉強して、その道の可能性も残すため、大学は(理学部へも工学部へも進学可能な)東京大学理科1類に入学しました。大学に入ると金属やガラスなど材料の研究をするようになり、大学4年生で配属された片岡一則先生の研究室でボロン酸と出会い、それに魅せられたのがきっかけです。ボロン酸を使った基礎的な研究をやっていたのですが、その頃はかなりマイナーな研究でした。それでも当時はボロン酸を使った研究をする「ボロングループ」というグループがあったんですよ。それが一人減り二人減り、最後は私一人になって、周りからは「ボロン人」と呼ばれていました(笑)。しかし2010年の、ノーベル化学賞を受賞した鈴木章先生の研究成果等をきっかけに、世の中、たくさんの種類のボロン酸の化合物が安価に入手可能な状況になってきました。学生時代はカタログでも100種類くらいしかありませんでしたが、今では何千種類もあります。そこでチャンスだと思いスクリーニングをかけると、生理的な環境下で使用可能で、興味深い性質を持つ誘導体が次々と見つかってきたのです。ボロン人として意地と誇りもあり(笑)、一定の成果を得ることができました。今は、我々がパイオニアリングな研究をして、世界中が真似してくれています。

今後の夢は?

ボロン酸を中心とした研究をやっている中で、応用分野として糖尿病や血糖値スパイクなどの慢性疾患についていろいろ勉強していくうち、ますますその治療法の研究の重要性を認識しています。まずは人工膵臓などを実用化し、社会に貢献したいと思っています。

近頃は、ボロン酸関係の共同研究をしている仲間とボロン会というコミュニティを作って活動しています。そのボロン会をもとに、科研費の新学術領域を立ち上げることが近未来の夢です。そしてゆくゆくは、ボロン酸研究者たちのポケットマネーでボロンビル(研究所)を建て(笑)、研究費を気にせず、心ゆくまで楽しく研究をするのが究極の夢ですね。

Profile

松元 亮(まつもと あきら)

東京医科歯科大学
生体材料工学研究所 准教授/博士(工学)

http://www.tmd.ac.jp/bsr