サンゴの年輪で地球環境の変化を解明
― 温暖化に警鐘を鳴らす「理想の追求」第4回助成 助成期間:2014年4月~2016年3月
採択テーマ:環境を記録する造礁サンゴの骨格成長メカニズムの解明
助成期間中の研究内容について
地球の環境変動がサンゴからわかる
サンゴは海の中の温度計にたとえられ、年輪のように海水温の変化、降水量、日照量、重金属による汚染などの環境情報をその骨格に記録しています。
サンゴが大きくなるとサンゴ礁ができるということはダーウィンの時代から言われていましたが、サンゴの骨格がどのように成長するかという根本的なメカニズムはわかっていませんでした。サンゴを調べれば地球の環境変動がわかるとはいえ、どうやって成長しているかがわからないと科学的分析には使えません。サンゴの骨格形成のメカニズムの解明が、キヤノン財団の助成で取り組んだ私の研究です。
サンゴは植物ではなく動物です。そして寿命がありません。また、サンゴの細胞には共生する藻類がいて、サンゴはこの共生藻が光合成でつくるものを栄養源としているのです。しかしサンゴの骨格成長という観点からは、この共生関係がどう影響しているかはよく分かっていませんでした。
研究には年輪がきれいに出るハマサンゴを使い、生育環境を変えて実験を行いました。結果として、共生藻の光合成によりサンゴ体内のpHが上昇し、その結果として炭酸カルシウムでできている骨格が成長しやすい環境になっていることがわかりました。
一方、水温が18℃以下になると成長しにくく、31℃以上になると成長しないなど、温度依存性があることもわかりました。海温上昇により、共生藻がストレスによりサンゴから出ていってしまい白化が生じることが知られていますが、実験的にも水温の変動で白化が起きることを示しました。
助成後の進展は?
絶滅期を乗り切ったサンゴ
多国間科学研究協力プロジェクトであるIODP(国際深海科学掘削計画)のモルディブ航海に乗船し、海洋の最新のデータを集め、研究をしています。
造礁サンゴの最も古い化石記録は2億4千万年前ですが、ゲノム解析によるとその発祥は約5億年前と推定されています。それまでの期間は骨なしサンゴだったのではないかと推察されていますが、サンゴに共生する藻類の出現も2億4千万年前からといわれているので、サンゴと共生藻の関係が骨格を形成する鍵となっていたのではないかと考えています。
今、温暖化の影響もあるのか、サンゴが北へ北へと動いていることがわかっていますが、もしかしたら過去にも北に行っていたかもしれません。地球の環境変化を把握するために必要となるサンゴの地図作りにも今後取り組みたいと考えています。
研究者になろうと思ったきっかけは?
文系から一転して化学の研究者に
高校生の時から地理が好きで大学も卒論では自然地理学専攻に進みました。人間の活動が海域にどのように影響するかについて研究し、大学4年の時にサンゴ礁の地形を研究するためにミクロネシアに調査に行った時に、重金属の影響を調べようと思ったのが今の研究のきっかけです。今はサンゴの専門家のように思われていますが、最初からサンゴを研究したいと思っていたわけではなくて、サンゴは環境変化を測定する1つのツールだと考えていました。
当時、サンゴの骨格の重金属を測ろうと考えている人が国内にはいなかったので、何もかも自分で調べてやらなくてはなりません。そこで初めて化学の勉強を始めたのです。小さい頃、ニュースでノーベル賞の授賞式を見て、難しいことでも世の中には研究してわからないことは何もないんだろうと思ったことがあったのですが、実はまだわかっていないこともたくさんあることを知ってとても刺激になりました。もちろん最初はわからないことばかりでしたが、ミステリーを解いていくような感じが好きで、その作業が楽しく、研究にはまってしまいました。
もともと研究者になるつもりもなく、安定した職業ではないと思っていたので迷いましたが、先輩から「頭の中身だけで一人で勝負できるのが研究者」と言われ、手に職をもつことにもなると魅力を感じ、この道に進む決心をしました。
研究に取り組まれている中で印象に残っていることは?
文系であったことにもメリット
もともと文系の人間なので、理系の知識が必要になってとても苦労しました。測定の手法としては理系の知識が必要になりますが、考える作業は理系とか文系とか関係はありません。発想的にはどちらも大切だと感じています。
キヤノンの助成研究が終わってから結婚して出産しました。子どもが1歳の時にバハマで開催された国際会議に、同じ年に久米島の海にも連れて行きました。大変でしたがいい思い出になっています。岡山大学には女性の研究者を受け入れる制度があります。女性研究者の交流会などで情報共有しながら、毎日忙しく研究と子育てを楽しんでいます。
今後の夢は?
温暖化の影響を科学的につきとめたい
まだまだサンゴの成長のメカニズムは謎が多く、それを解き明かしたいと考えています。地球環境は産業革命の前より確実に温暖化していますが、いつから深刻な温暖化が起きているのかはまだわかっていないのです。それについて、サンゴを調べることで明らかにして行きたいと思っています。現在持っているデータは2000年ごろまでのサンゴの測定結果なので、2020年以降に新たに採取したサンゴの変化を調査して温暖化影響について調べて明らかにしていきたいですね。サンゴの分析にはとても時間がかかるのですが、早く分析して、早く結果をだして発信することで、地球温暖化に向けた対策の啓蒙につながればと考えています。
仮説を検証することが「研究」なのですが、仮説がなくても測ってみたら考えてもいなかったことがわかることがあります。自分で調べたデータから、自分自身で考えることのできる若手の研究者を育ていくことも私にとってかけがえのない夢となっています。
Profile
井上 麻夕里(いのうえ まゆり)
岡山大学大学院
自然科学研究科 准教授
(2014.4月に東京大学より移籍)