助成先だより|キヤノン財団

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世界初 潤滑剤のメカニズムを解明
― 環境負荷の低減を目指して「産業基盤の創生」第4回助成 助成期間:2013年4月~2015年3月
採択テーマ:超低摩擦擦摺動メカニズム解明のための新規固液界面分析装置の開発

助成期間中の研究内容について

世界初! 超低摩擦摺動メカニズムの解明につながる固液体界面分析装置の開発

私の専門は「トライボロジー」と呼ばれる分野です。機械の中で起こる摩擦や摩耗、それらを低減する潤滑について研究を行っています。車のエンジンで最も重要な部分のひとつとなっているピストンシリンダの内部では、気体を密封しながら高速でピストンを動かすため、シリンダとピストンとの間で摩擦(専門的には摺動と呼びます)が生じます。発熱を抑えたり車の燃費を高めるためには、潤滑剤を摺動部分の表面に塗って摺動を小さくしていくのですが、潤滑剤が実際にどのように働くのか、そのメカニズムは学術的にははっきりしていませんでした。簡単にいえば、油をさすと滑ることは知られていても、油をさすとなぜ滑るのかはわかっていなかったのです。キヤノン財団の助成研究では、ぜひこのメカニズムを解明したいと界面の状況を可視化するための分析装置を開発しました。

潤滑剤は潤滑油と添加剤から構成されています。どちらも主成分を炭化水素としているため、屈折率なども似ていてこれまでの観察方法では区別しにくく、また層の厚さが2ナノメートルと非常に薄いため、動きを観察することはとても難しいことでした。私が開発しようと考えたのは、まだ物理の分野などでしか用いられていなかった中性子線を使った装置で、ほぼ全てのものを透過し、分子量が小さくても認識できて、重水素化したものとそうでないものを区別することもできる中性子線を使えば、界面の状況を観ることができるのではと思ったのです。中性子線をトライボロジーに用いることは世界で初めての試みでした。

また、共同研究をした大西先生が取り組まれていたFM-AFM※1で液体の断面層を観る研究をトライボロジーに応用して、潤滑油の摺動構造情報を検証しようとしたことも世界初の試みでした。

キヤノン財団の助成研究をうけたこれら2つの装置により、摺動部分表面の潤滑剤が単分子膜から厚い膜に成長していることが判明し、どのような界面構造を作れば摩擦係数が変わるのかを分析できるようになりました。

界面での摩擦減少のメカニズムを明らかにできる世界で唯一の装置を開発することができ、界面の構造を定量化できるようになって、界面の状況が摩擦に大きくかかわることを世界で初めて証明することができたと考えています。

※1
周波数変調原子間力顕微鏡。超高真空中における非破壊の高分解能観察法に用いる。

助成後の進展は?

キヤノン財団の助成は幅広い分野を対象にした助成で、助成額も大きく、採択されたことは自分の研究が高く評価されていると自信にもなりました。

摩擦を受ける界面の構造変化が分析できるようになったことで、これまで効果はわかっていても原理がわかっていなかった潤滑剤について、どのような添加剤を用いるとどのような界面ができるのか界面と摩擦抵抗の関係が明らかになってきました。

界面レベルの分析によって、摩擦係数を下げる新しい添加剤の開発につながっています。また、既存の潤滑剤についてもそのメカニズムがわかるようになってきました。さらなる高燃費を実現する改良にむけて、自動車メーカーや潤滑剤メーカーなど多くの企業との共同研究を進めています。

さらに開発した分析装置は自動測定がまだできないので販売はしていませんが、このような分析装置は他にないため、さまざまな分野のメーカーからこの装置を使ってデータを取ってほしいという依頼がきています。

研究者になろうと思ったきっかけは?

機械エンジニアの父をそばで見ていて、小さい頃から電気回路を作ったりしていました。父は小さなロボットもつくってくれ、自分も機械や機械設計が好きになり、進路を理系にと決めました。大学に入った時は物理系の研究室に入りたいと思っていたのですが、縁あって精密機械工学科に進み、効率よく機械を動かすための要素研究をしていました。自動車メーカーの協力のもと、自分が乗る原付のピストンに自分で表面処理を行って試走したりしてとても楽しかったです。好きで研究をすることはとても大事だと思っています。

トライボロジーの研究は大学院から始めました。それまでは博士課程まで進む気はなかったのですが魅力を持ち、博士課程に進みました。さらに界面に興味を持ったのは大学の助手になった時からで、それまでの機械工学分野とは違う視点で界面での現象をもっと明確にしたいと考えのです。当初は失敗ばかりしていましたが結果が出はじめ、2013年にキヤノン財団の助成研究に採択されたことは研究の大きな転機となりました。

研究に取り組まれている中で印象に残っていることは?

子供を育てながら研究を続けているのですが、家事をする機会が増え、ママ友もできたりして新たな視点を得ています。子供が寝静まった夜中に論文を書いたりと大変なことも多いのですが、生活の中ではオクラも唾液もトライボロジーとかかわりがあります。この前も子供がお風呂で転びそうになった時、「おかあさんが研究しているのは、どうして滑るかなのよ。」と言って説明しました(笑)。

今後の夢は?

潤滑剤の研究は古典的で泥臭い研究であり、研究者の数も減少傾向にありますが、燃費をあげるなど社会ニーズは高い分野です。産業応用の上で自分ができることがまだまだあると感じています。さらに、潤滑油を使う人口軟骨などを研究する方との交流など、異分野への展開も広がっています。

今後は摩擦のメカニズムをさらに明らかにするだけでなく、界面分析とマッチする新しい材料開発にもつなげていきたいと考えています。たとえば山芋はおろしていると後から後からヌルヌルが出てきますが、それと同じように潤滑成分がずっと滲み出してくるような材料開発も夢のひとつです。

また、潤滑剤には液体(油)と固体のものがあり、固体潤滑剤は宇宙機器など油の潤滑剤が使えないものに利用されます。私はダイヤモンドライクカーボンという固体潤滑剤の研究もしています。

産業応用と基礎研究を行ったり来たりしながら、「摩擦」というものを突き詰めていきたいと考えています。

Profile

平山 朋子(ひらやま ともこ)

京都大学大学院
工学研究科 機械理工学専攻 教授
(2019.4月に同志社大学より移籍)

https://www.me.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/introduction/kikaikinouyouso