助成先だより|キヤノン財団

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収量を増やすイネの品種育成
―食料危機から地球を救う―「理想の追求」第7回助成 助成期間:2016年4月~2019年3月
採択テーマ:食料問題軽減を目指したイネの分子育種と特性評価

助成期間中の研究内容について

交配による遺伝子導入でイネをデザインする~害虫や病気に強く、収量が高いイネの品種育成~

最近になりSDGsなどで言われるようになった地球規模の課題の中で食料危機は古くからある重要な課題で、特にアジアやアフリカでは深刻です。食料危機の解決に向けて様々なアプローチがある中で、私は自分の研究テーマであるイネの基礎研究を応用した品種育成を通じて、イネを主食とするアジアや人口増加によりイネの需要が急増しているアフリカを食料危機から救いたいと考えました。

1998年からスタートした国際イネゲノムプロジェクトは、イネのDNA配列を全て決定することを目的とした植物科学の分野ではとても大きなプロジェクトで、これに学生として参加できたことはとても幸運でした。日本が大きく貢献した国家プロジェクトで、プロジェクトメンバーのみならず、ここで知り合った各国の研究者や、実際にイネを育種している専門家から多くを学ぶことができました。イネゲノムの解読と研究基盤整備ができたことでイネの基礎研究が飛躍的に進み、今まで分からなかった具体的な遺伝子とそのメカニズムを明らかにすることができるようになりました。

キヤノン財団の助成では、遺伝子でイネをデザインすることで、いろいろな環境に応じたイネの品種育成にチャレンジしました。例えば、収量が少ないあるアフリカの品種に、アジアのイネが持つ収量を向上させる遺伝子のみを導入すれば、アフリカの品種のまま収量が増加するのではないかと考えたのです。アフリカの品種とアジアの高収量性のイネを交配し、その後代の種子を得ます。この後代の中から高収量性の遺伝子を保持したイネを探すのが困難なのですが、私たちは既に高収量性の遺伝子配列を知っていることから、DNAを調べることで事前に選抜することができます。私たちの持つ技術で困難を克服し、その種をまくことで目的とする品種を育てたことが最大の特徴です。このように、交配により目的とする機能を保持する遺伝子を導入することで、イネを効率的に替えられることを実証することができました。作出※1された品種は交配によって遺伝子が導入されているため、遺伝子組換え品種ではありません。遺伝子組換えが禁止されている国もある中で、世界中どこでも栽培できるので、世界各地でそれぞれ求めるイネの品種育成につながると考えます。

台風が多いベトナム中部に向けた新品種の開発では、日本だけでなく実際にベトナムでも圃場にイネを植えて観察し、評価も行いました。開発した「DCG72」という品種は、台風の時期よりも早く収穫できるイネとして注目され、大きな成果となりました。

※1
新しい品種を作り出すこと

助成後の進展は?

ベトナムの国家品種に2品種が認定!!

助成終了年の12月31日、この「DCG72」がベトナムの国家品種に認定されました。さらに2021年6月18日には第2弾の新品種として「DCG66」がベトナム国家品種に認定されました。日本の中学校の教科書にも、食料問題解決の為にアジアやアフリカのイネを改良する活動が紹介されました。この教科書は日本だけではなく、アフリカの日本語学校でも使われています。現地の方から見ましたよと言われたときはとてもうれしかったです。

次に、イネの茎はなぜ伸びるのか、ジベレリン※2があればいつでも茎は伸長するのか、という疑問を解明するため、研究材料として、タイやカンボジアなど、雨期に大規模な洪水に見舞われても茎をぐんぐん伸ばす浮イネの適応メカニズムに着目しました。この研究で、茎の伸長には、アクセルとブレーキとなる遺伝子があるということを明らかにしました。アクセル遺伝子はACE1、ブレーキ遺伝子はDEC1と呼びます。

ジベレリンがあればいつでも茎が伸長すると思われていたこれまでのメカニズムに対して、イネの成長過程においてこの相反する二つの遺伝子とジベレリンの量により茎の伸長をコントロールしているという、これまで考えてもみなかった目から鱗ともいえるような現象を発見してとても興奮しました。この研究成果は昨年ネイチャーに掲載されました。このアクセル因子(ACE1)とブレーキ因子(DEC1)は、オオムギなど他のイネ科作物にも共通に存在し、茎の伸長を制御していることが明らかになったことから、イネだけではなく、オオムギやコムギなど他の重要イネ科作物の草丈の制御ができる可能性が見えてきました。作物は茎が長すぎると雨や風で倒れやすくなりますが、ACE1やDEC1を制御することで、耐倒伏性を付与した品種改良も可能になると期待しています。

キヤノン財団の助成がなかったらここまで発展しなかったと思います。真摯に社会問題に取り組むために助成金を遣わせていただき感謝しています。

※2
ジベレリン:植物ホルモンの総称。茎の伸長促進と関連があり、植物個体にジベレリンを投与すると背丈の飛躍的な伸長がおこる

研究に取り組まれている中で印象に残っていることは?

茎の伸長にはアクセルとブレーキとなる遺伝子があることを発見し、新しいメカニズムを明らかにしたのは世界初だったので、分かった瞬間はめちゃくちゃエキサイティングでした。その感動は忘れられません。

メカニズムの仮説が頭に浮かんだ時、1回目の検証で予想通りの結果がでると飛び上がりたいほどうれしいのですが、すぐに本当かなと不安になり、さらに再現検証をして確認します。また、研究はうまくいかないことが多いのですが、あきらめずにこつこつと、いろいろな手段を使いながら検証しています。2つの仮説をもとに検証する場合、どちらかが正しいと思っていても、どちらも正しかったということがあります。思ってもいなかった結果につながることもあり、研究者冥利に尽きます。

研究は、世界で誰も知らない現象を見つけ、それを解き明かして誰よりも先の報告したい!というドキドキ感もあります。これが何より楽しい瞬間です!

研究者になろうと思ったきっかけは?

高校生の時にあるテレビ番組で世界の食料問題を知り、将来食料問題で社会貢献したいと考えたのがきっかけです。食料不足解決のために農業への貢献を考えていたので、大学院でイネの研究室に進みました。そこで基礎研究の面白さに目覚め、イネの基礎研究にのめりこんだのですが、食料問題で社会貢献したいという初心は忘れずにきました。私のような遺伝子の専門家やイネの評価をする専門家など、社会貢献したいと考えている仲間が集まって、長い時間をかけてイネの品種育成に取り組んでいます。大好きな基礎研究で農業形質を制御する遺伝子を見つけてイネの品種育成をすることで、結果的に社会貢献につながっていると思っています。

今後の夢は?

「なぜ」に強く興味があります。茎の伸長を制御するACE1遺伝子は具体的に何をしてるのか、DEC1遺伝子はなぜ茎の伸長にブレーキをかけているのか、など分かっていないこともまだたくさんあるので、学生と一緒にメカニズムを明らかにしていきたいです。

現在、ベトナムでの品種登録に続いてアフリカで品種登録を目指しています。品種登録されても現地の農家に採用されて普及しないと目的を果たせたとは言えません。国内での研究、現地での検証、普及活動のすべてで、キヤノン財団の研究助成がブリッジとなり今日まで続けてこられています。現地の人々と連携しながら進めるのは難しさもありますが、このプロジェクトが国境を越えた友好の懸け橋になって欲しいと願っています。そして、このプロジェクトを通じて、私たちの研究活動や社会貢献活動をもっと知ってもらいたいです。そして、若い人たちに面白いと思ってもらえるとうれしいですね。

食料問題の解決には今以上に困難なことがたくさんあると思いますが、人間として生まれてきたからには持てるエネルギーをすべて注入して、やりたいことをとことんやり続けたいと思っています。

Profile

芦苅 基行(あしかり もとゆき)

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター
生命農学研究科 教授/農学博士

http://motoashikari-lab.com/