太古、生命が見た光を現代に再現
―ロマンある生命の起源にせまる―「理想の追求」第4回助成 助成期間:2014年4月~2016年3月
採択テーマ:太古、生命はどんな光を見たか
助成期間中の研究内容について
生命が光エネルギーを使えるようになったドラマティックな瞬間を現代に再現
地球上のほぼすべての生命は、究極的には、太陽からの光エネルギーによって生きていると言えます。その意味で、はるかな昔に生命が太陽の光エネルギーを利用できるようになったことは、地球や生命の歴史上非常に大きなイベントでした。私は、この太古の地球の歴史的瞬間を現代に再現する挑戦に大きなロマンを感じ、キヤノン財団の助成では、最新の技術をつかって生命が最初に見た光を明らかにすることを目指しました。
生命が光エネルギーを使うシステムとしては光合成が良く知られていますが、もうひとつ光を受け取る大事な遺伝子・タンパク質があります。それが、プロテオロドプシン※1です。私たちは、太古に生命が初めて光エネルギーを使えるようになった頃は、光合成よりもシンプルなシステムのプロテオロドプシンを使っていたのではないかと考えました。そして、太古のプロテオロドプシンを実際に合成すれば、生命が最初にどんな色の光を「見た」のかを明らかにすることができると考えました。
私たちはまず、世界最大規模の遺伝子データライブラリーを構築しました。キヤノン財団の助成に応募した頃はまだ道半ばだったのですが、助成中に、米国ハワイ大学のデロング教授との共同研究を進めて新しい遺伝子配列を見出すなど、世界の研究者のデータを集めることで充実したライブラリーを構築することができました。次に、この膨大な現在の遺伝子情報から過去の遺伝子の配列を推測するため、数学的手法を用いたアプローチを試みました。このアプローチは、コンピュータ上で進化系統樹※2を推測するのと同様に、たくさんの遺伝子データを組み合わせることで、直接観察することができない進化のはるかな歴史を辿っていくというものです。過去のプロテオロドプシン遺伝子配列の解明に、大規模な遺伝子のデータベースと、数学モデルを用いたコンピュータ解析とを用いて取り組んだことは、世界で初めての取り組みでした。
そして、実証実験で過去のプロテオロドプシンを再現し、太古、生命が最初に見た光の色は、「裏葉色」という言葉もありますが、木の葉の裏の色のような少しくすんだ緑色だったことを明らかにしました。世界で誰も見たことがない、私たち全ての生命のルーツとなる色の再現に成功した瞬間は感動しました。歴史をさかのぼって生命起源の瞬間を解明することで、生命進化の過程が明らかになるだけではなく、未来の生命システムの進化の予測といった新たな研究にもつながっていく成果を得ることができました。
- ※1
- 光受容タンパク質
- ※2
- 生物や遺伝子の進化の道筋を樹形で表現した図
助成が決まった時の気持ちは?
キヤノン財団の助成をもらった当時はまだ20代で、まとまった金額の研究費を援助してもらう機会がなかなか無かったことに加えて、ロマンを追う研究、なおかつ数学と生物という違う分野でアプローチをしようとしていた研究内容を分かってもらうことは難しいと感じていました。キヤノン財団では、選考委員の先生方に従来の方法とは異なるアプローチを認めてもらえたことがうれしく、また助成金の使い方に自由度があったこともあり、研究がスムーズに進み、成果にも結びつけることができてありがたかったです。
助成後の進展は?
助成中はプロテオロドプシンというひとつの遺伝子の進化を追っていましたが、現在は、より多くの遺伝子やそれらの組み合わせの進化をさかのぼっていく研究に展開しています。例えば、複数の遺伝子の組み合わせとして生命の進化を解明するためには、より複雑な数学モデルが必要になりますので、「進化モデル」の更なる開発を進めています。最近では、データが増えてきたこともあり、未来の遺伝子の進化を予測できることも分かりつつあります。
また、遺伝子は何十億年もかけて機能の洗練を重ねてきた生命の歴史の結晶です。いろいろな生命のゲノム配列を解析すると、まだ私たちが理解できていない有効な機能を持つ遺伝子がたくさんあるはずです。その中には、例えばエネルギー問題を解決するような遺伝子や環境汚染を改善してくれるような遺伝子があるかもしれません。助成中に集めたたくさんの遺伝子データは宝の山なのですが、未知の遺伝子が見つかっても、今は機能を調べる技術がありません。そこに私たちの研究の強みである「データ」「数学」「実験」の3つのアプローチで、未知の遺伝子の機能をスマートに推測できる技術をつくれば、様々な分野で大きなブレークスルーが起きると期待しています。
研究者になろうと思ったきっかけは?
人間は受精卵のときはとても小さいデータ量のゲノムしか受け取っていないのに、その後生まれ出るときには、既に非常に複雑で精密な生命体として存在しています。高校時代にその不思議に気づいたとき、自分が生命体としてどのように成り立っているか知りたい、生命40億年の歴史の不思議を知りたいと思ったのが、私の研究のルーツです。
ちょうど私が大学に入った頃は世界各国で全ゲノム情報を明らかにしようという研究が進んでいて、膨大なデータを処理するため、数学やデータの力の必要性を感じていました。自分の得意な数学や生物を生かせる先駆的なバイオインフォマティクスのコースを専攻し、生命のゲノムや遺伝子の進化の研究に飛び込んでいきました。科学雑誌Newtonのヒトゲノム解析計画の特集号は、この分野の黎明期の熱気を伝えてくれる1冊です。
研究は、90%以上はうまくいかないものです。やりたいという強い気持ちがあることが何よりも大事で、それによってこそ、うまくいかなくても長く続け、成果につなげることができると思っています。私にとって、それは生命の進化というテーマでした。数学や生物が好きな自分に向いていることを研究の核にして、生命に関する”なぜ”を知りたい気持ちがあったからこそ、今日まであきらめないで長く続けることができています。
今後の夢は?
夢を見続けるための社会への貢献
これまで学んできたこと、知識や考え方をもっと社会に還元していきたいと思っています。2018年に10年ぶりに改訂された広辞苑第七版の刊行にあたっては、生物学の分野の執筆・校閲を担当しました。広辞苑で言葉の定義を書くということ自体も大変名誉なことで嬉しかったですが、それよりもむしろ、日本で良く参照される広辞苑を通して、これまで得てきた知識を社会に還元出来たことに非常に大きな喜びを感じました。また、日本学術会議の若手アカデミーの代表として、複数の研究分野を超えて課題解決に向けた提言をするなど、日本の研究者が活躍できる環境づくりにも貢献したいと考えています。
今後も、生物学における未発見の法則と可能性を求めるという自分の夢を追い、それを世界と分かちあい新しい分野を生み出すことが、社会への貢献につながると信じています。