助成先だより|キヤノン財団

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壊れた配線を自己修復するフレキシブルデバイスの開発
―ミクロの視点で新しい世界を切り開く― 「産業基盤の創成」第6回助成 助成期間:2015年4月~2017年3月
採択テーマ:自己修復型伸縮配線を用いたフレキシブルデバイスシート

助成期間中の研究内容について

断線部を自己修復できる金属配線の実現

最近、ヒトに皮膚に貼ったりするような伸縮デバイスを使った商品が次々と開発されています。しかし、これらの商品は伸び縮みを繰り返すことで配線が劣化し、断線しやすいという問題点があります。私は、金属配線が断線しても自分で修復してくれる機能があれば、この問題を解決できると考えました。当時、自己修復する金属配線というアイデアはまだ世の中にない、挑戦的で斬新なアイデアでした。その実現を目指してキヤノン財団に応募しました。

私が着眼したのは電界トラップ現象※1です。電流が流れていた配線が断線すると、断線部に電界※2が発生します。電界によって金属ナノ粒子が引き寄せられる電界トラップ現象を利用して、金属配線の自己修復ができないかと考えました。金属配線に金属ナノ粒子を分散した液体を塗布しておくと、断線部分にその金属ナノ粒子が入りこんで再び電流が流れるようになるという仕組みです。いつどこで断線したのかを検知するセンサーや修復モードに切り替えるようなコンピュータがないのに修復が可能なため、「自己修復」と呼んでいます。私の研究では、自己修復にたった3秒しかかかりません。

また、自己修復でなおせる断線部の幅は、助成期間の初期段階は数百ナノメートルでしたが、最後には数十マイクロメートルまでに広がりました。実際に生じる断線の幅は数十マイクロメートル程度なので、産業的なニーズに応えることができるようになり、修復できる断線の幅が何倍になったという数字以上に大きな意味がありました。この成果は応用物理学会が発行する「応用物理」の表紙にもなりました。産業に大きく貢献する成果が評価されて、大変うれしかったです。

※1
電界トラップ現象:電界により電極間に粒子が引き寄せられる現象
※2
電界:電圧がかかっている空間の状態

助成後の進展は?

伸び縮みが可能な電気配線を実現する方法として、電気を通す材料をゴムなどのエラストマーに混ぜたものなどがありますが、電気的な性能としては金属の方が良いです。私の変わらない信念として、電気配線は金属のように性能の良い材料を使って、電気的な性能をきちんと担保しながら伸び縮みさせたいという思いがあります。また、「フレキシブル」という言葉にもこだわりを持っていて、曲げられるだけでも「フレキシブルである」と言ったりすることもありますが、例えば、ヒトの皮膚にフィットするためには曲げられるだけではなく伸び縮みしなければならず、私は伸び縮みができなければ本当のフレキシブルデバイスではないと考えています。

金属をどのように伸び縮みさせるか模索している中で、紙は硬くて伸びない材料なのに、折ったり切ったりすることで伸縮変形できることに気が付きました。折り紙や切り紙の構造を金属に用いることに挑戦し、材料に依存せずに伸縮変形可能なデバイスを実現することができました。これを利用して熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電発電デバイスに応用にも取り組んでいます。ヒトの皮膚の熱を利用する熱電発電デバイスを体にフィットさせて貼り付けることができるので、熱が無駄なく伝わり発電量が格段に上がります。構造の工夫で応用できる分野が広がりました。

企業との共同研究も始まっていますので、材料と構造の工夫でさらに社会実装を目指して研究を進めていきたいです。

研究の面白さ、エピソードはありますか?

研究は、思い通りにならない時こそ得られる情報が多い。未発見の宝庫。

教科書的な知識と実際の応用がパズルのピースのようにかちっとはまった時は最高に面白いですね。自己修復配線の時がまさにそうでした。電界で粒子が電極間に引き寄せられるという電界トラップ現象は私が研究する前から知られていましたが、微小な粒子の特性を分析するために粒子1個を電極間に引き寄せ集めるための方法として使われているのが主流でした。私は粒子が1個ではなくうじゃうじゃと集まったら断線部が埋まり、自己修復という応用に利用ができるのではないかとひらめきました。私はマイクロマシン(MEMS※3)が専門ですが、常日頃から、“小さな世界” ならではの微細構造について考えていて、粒子のサイズが電気配線の断線部分を埋めるのにぴったりだと思ったのです。その発想は見事にはまり、大きな成果につながりました。研究の面白さを改めて実感する瞬間でした。

実は自己修復配線も順風満帆に取り組んできたわけではありません。実験で理想通りの結果がでなかった時も、その現象の謎を突き詰めてきたことで成果が広がってきました。実験がうまく行く時は、その現象をある程度理解できているということなので研究者として嬉しいのですが、予想通りに行かない時もまだまだ現象を理解できていない部分があるからそこに未発見の「宝が眠っている」と捉えて楽しんでいます。研究は思い通りにならないときの方が得られる情報が多いと思っています。

※3
MEMS:メムス、Micro Electro Mechanical Systems

採択されたときの気持ちは?

採択当時は、研究室を立ち上げてから数年しか経っていなかったので、自己修復の研究が軌道に乗る前でした。まだ実績が出ていない時点の萌芽的な研究では採択されることが難しいと思っていたので、採択された時はありがたかったですね。これからキヤノン財団への応募を考えている若い研究者の方にもチャンスはあると伝えたいです。

研究者になろうと思ったきっかけは?

高校時代からロボットに興味があって、大学ではロボットの研究に進みたくて機械と情報の両方を研究している研究室に入りました。ところが研究室では当時、新しい学術領域だったマイクロマシン(MEMS)の研究をスタートしたところでした。目指していたロボットとは離れてしまいましたが、実際にやってみたらその研究の面白さに目覚めました。そのままマイクロマシン(MEMS)の世界に進み、それがフレキシブルデバイスに取り組むきっかけになりました。

小さな世界には、通常の直感が通用しないけれど、物理法則としては正しいという現象がたくさんあります。例えば水は、少しだと“水玉” になるのに、たくさんだと “水溜り” になりますよね。物理法則は同じなのに見た目は全く違う。これは“小さな世界”では重力よりも表面張力の影響が大きくなるためです。ミクロの世界は我々の日常の直観が通用しなくても、物理学や機械工学の視点で考えながら設計すると性能の良いモノが出来るというそのギャップの面白さが、今の研究の核となっています。

今後の夢は?

私は、自分が面白いと思ったことは突き詰めるタイプです。そして、その面白さを周りに伝え、また役に立つものにすることこそが、研究者という仕事だと考えています。面白い物理現象を見つけた時、これはなにかの問題解決につながって絶対どこかで役立つはずだと考え、その実現のためになにができるかというアイデアを夢中で考えます。

これは面白い!と発見してわくわくする気持ちからスタートする研究が、単なる自己満足ではなく、社会還元へとつなげていける研究者でありたいと思っています。

Profile

岩瀬 英治(いわせ えいじ)

早稲田大学 理工学術院
基幹理工学研究科 機械科学・航空宇宙専攻
教授

http://www.iwaselab.amech.waseda.ac.jp/