有機無機複合体は心の宿る生体を超えられるか
「産業基盤の創成」第8回助成 助成期間:2017年4月~2019年3月
採択テーマ:トマト由来ステロイドアルカロイド配糖体によるプローブ材料開発
助成期間中の研究内容について
本来廃棄する農作物から社会で役立つ機能性素材を開発
トマトの葉や茎にはトマチン※1という毒性のある物質が含まれています。学生時代からずっと界面活性剤※2を研究してきたので、油にも水にも溶ける性質を持つトマチンに出会ったときにはかなり親近感がわきました。収穫後には葉や茎は廃棄されてしまうのですが、トマチンはナノ材料として有効活用できるのではないかと着目していました。そこで、熊本の特産物のトマトをモチーフにして、本来廃棄される葉や茎から抽出されるトマチンから薬剤をつくりたいと思い、キヤノン財団の助成に応募しました。
共同研究者の薬学部 池田教授と研究を進める中で、トマチンが何かしらの薬効があるという見通しはありましたが、それがどこまで効くのか、どの細胞に効くのかというところまでは分かっていませんでしたので、それを解明するため、トマチンからナノ構造体をつくり、まずはその構造を検討することを目指しました。
これまで、1分子での薬効を検討した研究が多かったのですが、私は、ステロイドアルカロイド配糖体※3であるトマチンと金属錯体がハイブリッドして、ナノシートやナノファイバーなどのナノ構造体を作ることを発見しました。つまり、トマチンは、ひとつの分子ではなく、集合体としてそのナノ構造体ならではの発光特性や殺がん細胞効果があるということが分かったのです。このことは、薬剤が1分子の効果でなく、多分子間の相互作用によって見出せることを示しています。その効果を検討することにより、特異的な生体標識材料、医療材料の開発を行いました。これらの材料は、天然物由来のナノ組織体材料ならではの物性を用いることが可能となり、高感度、高選択性の発光プローブ、抗がん剤や抗コレステロール剤などの開発も可能となりました。治療試薬になるだけでなく、診断材料としても同時に利用できることが期待できます。
材料をハイブリッドすることで生まれる機能があるということが判明したことで、研究は順調に進み、採択時の目標以上の成果をあげることができました。
この発見は、機能と構造という、薬剤として使いたいという薬学部の観点と、面白い構造をつくりたいという工学部の観点がうまくマッチして素晴らしい成果に結びついた、助成中の一番の見どころだったのではないかと思っています。
- ※1
- トマチン:トマトの茎や葉に含まれる毒性の糖アルカロイドである。殺菌剤の効果を持つ。
- ※2
- 界面活性剤:金属と非金属の原子が結合した構造を持つ化合物。
- ※3
- ステロイドアルカロイド配糖体:ジャガイモなど、植物の芽や皮に含まれるステロイドアルカロイド配糖体ソラニンがよく知られている。また、未熟なトマトにも含まれている。(wikipediaより引用)
先生の研究の社会へのインパクトは?
ACS Omega 2021, 6, 13284−13292
両親媒性化合物の研究は、かなり古くから行われていて、トマチンの研究もその一端にありますが、ファイバーやチューブ、シートといった構造体を有用な金属錯体とハイブリッドすることで形成できた例は、私の研究グループが世界で初めてです。そのおかげで、国際論文の表紙を飾ることがありました。ナノ構造体の相転移やそれに伴う機能のスイッチングが行えることは、分子回路、ナノマシーンを形成する上ではとても重要な知見です。これらの研究を進めていくことで、半人工で有用な医療材料、エネルギー材料の開発につながっていくと考えています。
助成後の進展は?
自然界には、トマチンのようなサポニンだけでなく、多くの両親媒性化合物※4が溢れています。現在では、甘草(カンゾウ)からグリチルリチン酸※5の構造体をうまく作ることができるということが分かってきました。その他にも漢方などから得られた両親媒性化合物を取り扱って、多くのナノ材料を生み出しています。
さらに、トマチンはMRI造影剤、スイッチング材料など磁性材料に応用できることも分かってきました。磁性材料と組み合わせると、本来水中では働かない磁性スイッチングが起こることを発見していて、固体や有機溶媒中でしか使われてこなかった材料を、環境に優しい水中でも駆動させることができています。このことは、生体内での磁性標識材料として使えますし、水中でのナノマシーン開発にも一役買うことができるようになると思います。
- ※4
- 両親媒性化合物:1つの分子内に水になじむ「親水基」と油になじむ「親油基」の両方を持つ分子の総称。界面活性剤など。(wikipediaより引用)
- ※5
- グリチルリチン酸:生薬の甘草(カンゾウ)などに含まれる成分。
研究中、印象に残ったことは?
予想だにしなかったトマチンのナノ構造体(ファイバー)を見たときは鳥肌!!
トマチン/金属錯体によるナノチューブ形成
電子顕微鏡でトマチンのナノ構造体を見たとき、予想だにしなかったファイバーのようなものが見えた時はびっくりしました。あれは鳥肌が立ちましたね。ファイバーのような構造があるからこそ特異的な効果が出てるということを発見した瞬間でした。
化合物がどういう構造をつくるかということは、計算もAⅠ技術もまだ追いついていません。膨大なビッグデータをまだ入れ込めていないんです。トマチンのファイバー構造のような発見は、偶然の結果で生まれる方が多いのですが、自然の摂理と理論が一致した時は面白いですね。
研究者になろうと思ったきっかけは?
小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「博士」です。ドラえもんや鉄腕アトムなどに出てくる、人の心を持つロボットを作る「博士」に憧れていたのです。憧れを抱きつつ研究者になりたい思いが再燃したきっかけは、大学2年生のとき、私の恩師にあたる國武豊喜先生の高分子化学の講義でした。分子の界面が材料とのふれあいに効いていて、質感や感性に影響を及ぼしているという感性工学の話を聞いたとき、私は、幼い頃に思っていた、無機物と生命体のはざまに触れたような気がして、研究者を目指そうという思いが強くなりました。
紆余曲折はあり、今は地方私立大学の研究者として過ごしていますが、学生には、自分でアイデアを出せる自主性を鍛えて、自分の研究に自分の色をつけて欲しいと思って指導しています。自身で調べたり、立ち上げたことが新しい研究につながるからです。研究したことを産業につなげるだけでなく、それが発展していく中でどのように社会に貢献できるかを考える力もつけてほしいと思っています。
今後の夢は?
共同研究者とアイデアを繋げて未来社会に貢献
有機物(今回はトマチン)と無機物(今回は金属錯体)のハイブリッドという研究分野にずっと身をおいてきました。無機質なもので有機物の最たるものである生命体を超えられるか、というところが研究の核になっていると思っています。人工膜の研究や、人工ナノマシーンの研究といったものは未だ生命体を超えられていません。なぜなら、生命体は、1つの現象だけで完結しているものではなく、多くの事象が何重にも積み重なって、生命現象を生み出しているからです。私の研究はまさにこの部分に挑戦しているところで、ハイブリッドする意味は、何重にも積み重なった機能を連動できるか、というところにあります。光合成をもたらすチラコイド膜を例にしても、水の酸化、二酸化炭素の還元、プロトンや電子の輸送、光の授受、セルロースの合成など、多くの事象が積み重なっています。このような積み重なった事象を人工分子でどう再現していくかが私の夢です。これができれば、生命現象を操れる薬剤や、植物を超えるエネルギー変換材料を作ることが出来ると期待しています。
自分だけで研究することには限界があります。様々な分野の研究者とつながることで自分の研究の可能性が予想もしなかったところに広がってきています。アイデアを広げすぎて私だけではマンパワーが足りないので(笑)、これからも共同研究者とのつながりを大事にして、いろんな先生方との融合を意識しながら、これからも研究に臨んでいきます。
Profile
黒岩 敬太(くろいわ けいた)
崇城大学
工学部 ナノサイエンス学科
大学院工学研究科 応用化学専攻
教授/博士(工学)