助成先だより|キヤノン財団

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光の可能性を求めてものづくりに取り組む 「産業基盤の創成」第5回助成 助成期間:2014年4月~2016年3月
採択テーマ:非線形ギャップレス光コム分光法の開発と吸気診断への応用

助成期間中の研究内容について

テラヘルツのものさしで”煙の中の見えないもの”を測定

光コムの光周波数モードは等間隔に櫛(コム)状に並んでいて、個々のモードが光周波数の物差しの目盛りとして使えることは知られていましたが、赤外光を使ったガス分析では煙などのエアロゾルがあると正確な測定が難しいとされてきました。これは直径が数ミクロンから数十マイクロのエアロゾル微粒子によって赤外光が強く散乱されるからです。そこで波長が赤外光より長く、極性分子の回転運動が測定できるテラヘルツ波の光コム(テラヘルツ・コム)を用いて、これまで難しかったエアロゾル混在ガス分析を行うことを思いつきました。一般のテラヘルツ分光装置では、読み取れる周波数が3桁程度の精度のところが、デュアル・テラヘルツ・コム分光法を用いると、7桁の精度で読み取れることがわかり、これは使えると確信しました。実際にテラヘルツ・コムを分光計測の物差しとして使うためには、急峻なガス吸収線に対してコム・モード間隔(ギャップ)が広すぎる場合があるため、そのギャップを埋める技術が必要で、それがキヤノン財団の助成研究になります。テラヘルツ・コムを使ったガス分析技術は、例えば火災現場など煙のようなエアロゾルが充満した環境で危険物質が漏れていないかを測定できるので、安全性の高い救助活動に活かせます。産業の燃焼過程において、工場の煤や煙がまざった排出ガスを計測すれば、大気環境の保全やエネルギー利用効率の向上という点で有用です。キヤノン財団の助成には、人の吐く息(呼気)に含まれるバイオマーカーを使って健康状態を分析することを目指して応募したのですが、目標を産業や工業の分野全体での利用に応用範囲を広げて成果を出すことができました。

世の中でもまだ新しい技術に取り組まれたそうですが?

テラヘルツ研究には大きな研究資金が必要です。テラヘルツ・コム研究は、私がキヤノン財団に応募した当時はまだスポットが当たっていない研究分野だったので、キヤノン財団の助成に採択されたことでテラヘルツ・コムの研究に本腰を入れられるようになってありがたかったです。
その後、テラヘルツ・コムの有用性が徐々に認められ、各種の大型研究予算が取れるまでに研究が広く認められ、本当に嬉しいです。

助成後の進展は?

キヤノン財団の助成研究で取り組もうとした呼気の分析は今も続けています。他にも深紫外光を使った新型コロナウイルスの不活性化や、光コムを用いた新型コロナウイルスの迅速な検出などの応用にも取り組んでいます。こういった技術をつなげて将来は、治療医学から予防医学へのパラダイムシフトを加速し、ウィズコロナ社会に貢献する家庭内ホスピタルを実現したい。徳島大学には免疫や老化の研究に強い医学部、大学病院、先端酵素学研究所があるので、光学と医学を繋いだ「医光連携」で、高齢化社会が抱える多くの課題を解決していきたいです。

助成の成果として意識した産業への応用は更に広がっています。テラヘルツは特に次世代移動通信(6G)で注目されています。2030年に5Gから6Gに移行する時と言われていて、その時に使う無線電波としてテラヘルツ波が利用される予定です。テラヘルツ波を使えば超高速・大容量の無線通信が可能になるので、光通信と融合することにより、大都市と地方の物理的・距離的な障壁の問題を解決できると期待されています。

テラヘルツはまだまだ若い技術なので、もっと使いやすくするためには様々な課題があります。例えば低価格になれば応用範囲はぐっと広がりますよね。可視光LEDのように技術的な成熟が進むと、さらに応用の開拓が進んでいく楽しみな分野なのです。

光の研究者になろうと思ったきっかけは?

世の中の役に立つようなことができればいいなと思って選んだ研究室が生体光計測の研究室でした。その時の恩師が医学と工学の両方の博士号を持っていて、その恩師の影響を受けて、工学を医学に役立てたいと強く思うようになったのが今の研究に進んだきっかけです。大学院1年の時に歯の老化を蛍光で測る研究に取り組む機会があって、そこから「医光」を意識した研究にのめりこんでいきました。

自分の研究スタイルは思いついたらまずやってみるタイプ。思いついたことを自由にやらせてくれる指導者に導かれて、研究の自由度を自分で決められたことで新しい分野にチャレンジできて感謝しています。研究は簡単にはいきません。苦労はつきものです。人生の節目ごとに研究に直結する研究者との出会いにも恵まれて、ここまでこられたと思っています。

今後の夢は?

研究者として社会に光を届ける

ポストLEDフォトニクス研究所の最高研究責任者として、若い研究者に自分の思いついたことに自由に取り組める環境を提供したい。それが組織としての大きな伸びしろにつながって、社会の役に立つ研究所に成長することがマネージャーとしての夢です。研究者としては、NatureやScienceなどに掲載されるようなハイインパクトな研究成果を出すことと、光に関わるビジネスを自分自身の手で立ち上げることに、今後は力を入れていきたいと考えています。自分の持っている知識を人のために役立てたいといつもアンテナを張って、いつまでも光の研究者として夢を追い続けたいです。

Profile

安井 武史(やすい たけし)

徳島大学
ポストLEDフォトニクス研究所(pLED)
最高研究責任者(CRO)/ 教授

https://femto.me.tokushima-u.ac.jp/