助成先だより|キヤノン財団

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「表現の民主化」で新たな表現・体験を実現する
「理想の追求」第10回助成 助成期間:2019年4月~2022年3月
採択テーマ:健康な食事を化学物質なしで満足な美味しさに変える電気味覚技術

助成研究の内容についてお聞かせください

この助成研究の一番のポイントは、「化学物質を使わずに」食べ物をいかにして美味しく味わえるようにするかということです。例えば味にしょっぱさが足りなければ、普通は塩を足しますが、塩、つまり塩化ナトリウムは過剰摂取すると人類に害を及ぼします。そういったジレンマを超えるために電気味覚という現象を利用しようというのがこの研究です。


エレキソルト

具体的には、人間の舌の味蕾(みらい)に食品を通じて微小電流を流すことによって、舌の受容体を刺激したり、その舌の上にあるイオンを動かしたりすることで食べ物の味を変えるわけです。

その後、発表した論文をきっかけにキリンホールディングスさんとの共同研究に発展し、今年中にはエレキソルトという商品名で発売されることが決まっています。キヤノン財団の選考委員の先生方には「早く製品化しよう!」とハッパをかけられていましたから、最終成果報告会でこの商品のプロトタイプともいえる微弱電流が流れる試作品の箸を使って、選考委員の先生方に試食をして頂けたのは本当に良かったです。

ご研究の中で日頃から心がけていることなどありますか

自分の研究によって、どういう未来が切り拓かれるか、という研究の意義をいかに世の中の人々に正しく伝えるかを常に考えています。なぜなら、そこが正しく世の中に浸透していかないと、社会実装までに長い時間を要するうえに、より良い形で社会実装できなくなってしまうと思うからです。
この電気味覚の研究については、未知の味を生み出したり、フードロスを低減できたり様々な社会的な価値を生み出す可能性を秘めているのですが、なかなか世の中にその真意をうまく伝えることができませんでした。結局、減塩食が美味しく食べられます、という分かり易いストーリーを示すことでようやく理解していただけました。

その点では、当時世の中にまだ十分この研究の意義を理解していただいていない時期にもかかわらず、キヤノン財団の選考委員の先生方には「面白い!」と言っていただき、結果として採択頂いたことは本当に感謝しています。
また、採択頂いたおかげで多くの論文も出すことができ、それが企業の目にも留まり共同研究にも結び付いたと思っています。今の私があるのはキヤノン財団のおかげであるといっても過言ではありません。

また、最近ではメディアにも良く取り上げて頂いています。メディアに出ることで、これまでは学会等の限られた世界の中の反響だけだったものが、SNS等を通じて実社会の方々のフィードバックを受けることができいろいろな面で勉強になります。一方で報道のされ方によっては、間違った内容で世の中に伝わってしまう危険性がありますので、その点は日頃からかなり神経を使っています。今は大学の広報を窓口にしており、誤った理解での取材依頼はお断りしているのが現状です。

先日、イグ・ノーベル賞を受賞しましたが、実はこの賞も受けるかどうかかなり悩みました。受賞の結果この研究内容が世の中に間違って伝わってしまうことを凄く心配したからです。この心配を払拭するため関係各所と調整に調整を重ね意義が正しく伝わるよう広報戦略を立てました。

先生がこのテーマの研究者になられたきっかけなどありますか

私にはまだ表現者や教育者としての側面があるし、好きなことをたくさんやっていて研究だけをやっているわけではないので、正直なところ自分が研究者といわれると違和感がありますね(笑)。
とにかくこどもの頃から理系や文系に関係なく、いろんな知識が好きで小説を書いたり、CGを作ったり、ゲームを作ったり、音楽を作ったり、そういう表現活動が好きでした。学生時代には音楽制作、アニメーション制作なども幅広くやっていました。何かに特化して自分自身を最適化したくなかったんです。公開される経歴だけでは、いろいろなことを転々とやっているように見えてしまうのですが、実はたくさんのことを並行してずっとやっていました。そのような表現活動をやってきている中で、自分自身の中でいつしか表現活動自体をやることよりも、表現する手段自体を研究することの方が世の中にとって重要なのではないかと考えるようになりました。具体的にはピアノの作曲や演奏する人より、ピアノを発明した人の方がすごいなと感じたり、あらゆる楽器の音やこれまでにない未知の音を生み出せるシンセサイザーを生み出した人は本当に凄いと思うようになりました。そう思ったときに、今の世の中、人の表現の殆どにコンピュータが介在していることに興味を持ちました。人とその表現の間にコンピュータが入ることで、これまでできなかった表現や体験をできるようにしたいと思ったんです。自分では「表現の民主化」と言っていますが、広く多くの人に表現力を与えるツールを生み出すこと、それが一番やりたいことになりました。

メディアでは電気味覚の専門家のように報道されていますが、電気味覚だけでなく、液体を混ぜてあらゆる味を生み出せる味のプリンタの研究などもしていますし、味覚だけでなく五感全てが研究の対象です。例えば一般的には光がないと物は見えないと考えられていますが、目を閉じて瞼を押すと何か光のようなものを感じます。これは視神経が電気的な刺激を受けて脳に目に映ったものとして信号が伝わるからです。この原理を使えば光がなくても物を見ることができる世界が作れるかもしれないと考えています。このように表現の対象をどんどん広げていった結果、コンピュータが日常の生活に入り込んだ時に、どのように我々の生活を変えていけるか、という生活のあらゆる場面における表現が今の研究室のテーマになっています。今は生成AIなど新しい技術をもとに次なる発想が湧き出てワクワクしています。

将来の夢はございますか

最終的には人類をもっともっと幸せにしたいです。そして、そんな世の中で私も生きてみたいですね。今取り組んでいる研究は、全て皆さんの生活に密着したものばかりです。これらの研究の成果をできるだけ早く社会に浸透させ、皆さんの生活をよりよく変えてくことが一番の夢です。
ただ、これまでの歴史を振り返ると、あることの基礎技術が発明されても、それが一般の人たちまで浸透するまでには多くの年月を必要としています。例えばテレワークやヴァーチャルリアリティ(VR)などの基礎技術は1960年代に発明されています。しかし、テレワークはコロナの影響もありようやく最近定着しましたし、VRなどは未だに浸透したとは言えない状況です。私はその普及までの期間をできるだけ短くしていきたいと思っています。そのためには、一般の方々や世の中に、その発明の意義や将来どんな世界が築けるのかを正しく理解してもらうことが大切であると考えています。「表現の民主化」をできるだけ多くの皆さんにご提供できるよう、研究はもちろん世の中への発信という表現活動においても、これから邁進していきたいと考えています。

Profile

宮下 芳明(みやした ほうめい)

明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科
教授・学科長

https://www.miyashita.com/