助成先だより|キヤノン財団

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異分野融合で全く新しい
『マテリアル神経科学』分野を切り拓く
「産業基盤の創生」第3回助成 助成期間:2012年4月~2015年3月
採択テーマ:ニューラルネットワークモデル検証のための神経細胞三次元培養

キヤノン財団に採択された時の 研究内容をお聞かせください

脳は損傷すると自己再生することはできません。しかし、潜在的には再生能力を有することが近年の研究で分かってきました。私は生体外において特殊な足場材料を用いて脳の細胞であるニューロンの再生能力を活性化し、ネットワークを構築するというこれまでにはない新しい発想に基づく研究をキヤノン財団に提案し採択をいただきました。ただ、研究を進めていくうちに生体外での実現は難しいことが分かってきて、並行して模索していた生体内での再生という方向に切り替えようという考えに至りました。その際に、テーマ目標の切り替えと助成期間を1年間延長することを認めていただいたことは、その後の研究の発展にとても大きな意味を持つことになりました。当時はまだ独立研究者としては全く駆け出しだった私を採択していただいたことも含め、キヤノン財団には本当に感謝しています。

その後、研究はどのように発展されましたか?

キヤノン財団での生体外でのニューロン培養の研究を進めていく中で、これまで用いていた足場材料のスポンジ材料は、生体内で安定的に存在させるための化学架橋という処理のため分子構造が変わってしまい、人への臨床応用にはそぐわないということが分かってきました。そこで新たに着目したのが超分子というものです。超分子は高分子とは異なり、1つの分子が非共有結合で集積していくものですので、仮に生体内で分解してもその元の1つの分子に戻るだけなので、安全性の高いものが設計できるわけです。

そうやってつくったペプチドゲルという分子の流動性の高いゲルに生理活性物質を取り込ませるとゆっくりとその物質を放出させることができます。このペプチドゲルの開発を超分子化学がご専門の東京農工大学の村岡先生たちとの異分野融合研究で進めました。これを応用して脳梗塞モデルに新たな血管を作らせるようなタンパク質を先ほどのペプチドゲルに取り込ませ、患部に注入すればその局所に必要なタンパク質をゆっくりと供給でき、結果として神経機能を回復できることを発見しました。この研究成果は論文や外国出願などに発展し、現在の私の研究における基盤技術になっています。この技術を用いて、従来の抗体医薬や核酸医薬などの分子医薬と言われる創薬モダリティとは異なる、分子集合体医薬という新しいモダリティを作り、医療応用と事業化というところに着手し始めている状況です。具体的には、大学発スタートアップ企業の設立と発展を目指したJSTのD-Globalプログラムに採択され、この融合研究が今まさに事業化に向け動き出したところです。

現在の研究に進まれるきっかけなどありますか?

実は、高校時代には経済を数学で理解したいと思って東京工業大学を目指していました。ただ受験の3か月前にI型糖尿病という自己免疫性の病気を発症し、担当医から一生インスリン注射をしなければならない病気であることを告げられました。そんな中、担当医から「どうせ大学に行くなら自分で治療法を考えることに挑戦してみたらどうだ?」と言われ、それはいいアイデアだな、とビビッと閃くものがありました。そこで当時東京工業大学に新設された生命理工学を目指すことに決め、運良く合格をいただきました。この病気とは常に向き合っていかなければなりませんから、日々医療の進歩のおかげで生きていけるという実感と、サイエンスの発展に貢献したいという思いを持ち続けています。そのおかげで、研究に対する高いモチベーションを維持し続けられていますし、ネガティブなこともポジティブに考えられる、そういう思考回路が常に働いている気がします。

2009年に研究室を持った時は、人も資金も少なくどうやって研究室を維持していくか、真剣に考えました。もともとこういった戦略を立てることが好きで、ビジネス書などを読んで勉強しました。その結果、マンパワーや研究費などの限られた資源を独自の技術開発に集中的に投下していくことに加えて、研究者人生を賭けられるような、自分が本当に面白いと思う小さなストライクゾーンだけを狙って行く戦略を立てました。

それで何に集中投下するか考えたときに、学生時代にやってきた足場材料の研究、その後やってきた神経発生学の研究、これらを融合させた研究というところに考えが及びました。少なくとも当時の日本においては、これらを両方経験している研究者はほとんどいませんでしたので、この融合研究をやれることは、自分の強みになると考えたわけです。もちろん、自分としては、将来必ず開花すると考えスタートしたわけですが、当時の周りのリアクションは、「何ですか、それは?」という感じでしたね(笑)。

先生の研究スタイルで特徴などございますか?

私の場合には、とにかく価値観の異なる他分野の人たちと一緒に作り上げる楽しさ、これに尽きます。競争社会では、自分の強みを認識していなければ生き残っていけません。強みというのは他人が苦労して辛いなと思いながらやることも楽しくスイスイできることだと思っています。そういう意味では、分野融合研究で異分野の人たちとプロジェクトを進めていくことは自分にとっては本当に楽しいですし、それが自分の強みにもなっていると思います。

これは研究に限ったことではなく、事業化を視野に入れて数年前に通ったビジネススクールも同じで、事業の専門家との共同作業はとても楽しく、この人脈があったからこそ、D-Globalでのサポートを得られたのだと思います。全然違うタイプの人がくっついて、これまでにない全く新しい何かが生まれる、このワクワク感がすごく重要ですね。

共同研究者に恵まれたおかげで、今まで私が組んできた異分野融合プロジェクトは全てうまくいっているという自負があります。よく異分野融合をうまくやる秘訣は何ですか、と聞かれますが、まず一番よくないと思うのはコトとコトをマッチングさせてしまうことです。大切なのは人と人のマッチング、波長が合うという感覚がとても大切です。お互いがオープンに本心で語り合ったときに共感が生まれ、何かこの人とだったらうまくやれるかもしれない、という感覚です。そういう感覚を生み出す場として、飲み会もとっても重要ですね(笑)。

あとは、異分野融合のような価値観の異なる人とうまくやっていくために、まず相手の価値観や哲学をしっかり理解するところから始めることが大切だと思います。そのため、自分自身の主張をときに抑えて、その人の価値観にのってさらにその世界を広げていくような感覚を大切にしています。別の価値観を持った人と作り上げる新しい世界がどんなものになるのかということには本当にワクワクします。学生さんたちにも、このような価値観の多様性を受け入れることやそこから生まれる楽しさについてもぜひ伝えていきたいと考えています。

将来の夢は何ですか?

一研究者が基礎研究から医療応用を実現し、さらにそこで得られた資金を基礎研究に還元するエコシステムを構築したいと考えています。医療関係の研究はそもそも研究費がかかりますし、事業化に対しては様々な審査などがあり、特に日本では医療応用にチャレンジすることすら難しい状況にあります。これまでの既成概念を崩していき、自分自身だけでなく、若い研究者もチャレンジできるような仕組みを作りたいと思っています。そうすることでより医療が発展しやすい土壌ができ、結果として患者さんたちのお役に立てるのではないかと考えています。

また、今年度『マテリアル神経科学』という分野を大学院に新設していただきました。この名前は私が命名したものですが、物質科学・材料化学と神経科学とを融合させたこれまでになかった研究分野を切り拓いていきたいという思いがあります。私としてはこのマテリアル神経科学の研究を通じて、医学の基礎研究や医療応用において社会貢献をしていくことで、皆さんに認めていただけるような活動をしていきたいと思っています。

Profile

味岡 逸樹(あじおか いつき)

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 認知行動医学講座 マテリアル神経科学分野
教授/博士(工学)

http://www.tmd.ac.jp/cbir/1/ajioka/