助成先だより|キヤノン財団

助成先だより|キヤノン財団

HOME助成先だより一覧 > 助成先だより:常識を覆した異科接木の発見と展開

常識を覆した異科接木の発見と展開
「理想の追求」第9回助成 助成期間:2018年4月~2021年3月
採択テーマ:接木技術革新による放棄土壌の再活用プロジェクト

キヤノン財団採択時の研究内容をお聞かせください

接木は古くからある技術ですが、近縁種でないと成功しないと考えられてきました。これは、接木が複雑なプロセスを経て内部組織を結び直す必要があるためです。しかし、キヤノン財団採択前に色々な遠縁種の植物とつながるタバコ属植物を発見していました。温暖化による食料不足が深刻化する中、暑い地域等の厳しい土壌で育つ植物に食用作物を接木できれば、食料問題解決の可能性がある発見でした。

キヤノン財団の助成では、タバコ属植物がどれほど遠縁種に接木できるか試験した結果、70種以上で成功し、タバコ属植物は広範囲に接木できる驚くべき潜在能力があることが明らかになりました。また、透過型電子顕微鏡で接木の境界部を観察すると、細胞壁が消化され細胞が密着していることが分かりました。

次にRNA-seq解析で接木後1~7日に発現が上昇する遺伝子を調べ、189遺伝子を抽出し、その中でセルロース分解に関与するβ-1,4-グルカナーゼに注目しました。この遺伝子を一過的に抑制すると成功率が低下し、また人工合成したβ-1,4-グルカナーゼの投与でも接着力が向上しました。こうして異科接木の鍵分子としてβ-1,4-グルカナーゼを同定できたのです。

さらに、ストレス土壌に強いキク科植物を台木に、タバコ属を中間台木としてトマトを接木したところ、果実を結実させることに成功し、実使用としてのポテンシャルを示すことができました。この成果はScience誌やNature姉妹誌に掲載され、朝日新聞などでも報道されました。

接木に着目したきっかけとその後の進展は?

UCデービスでポスドクをしていた頃、植物体内の情報伝達を調べるために接木を使っていました。でも、近縁な植物同士では分子の違いが少なく、動きを追うのが難しかったんです。そこで、シロイヌナズナといろいろな植物を手あたり次第接木してみたところ、遠縁にもかかわらずタバコだけが偶然にも接木に成功しました。これは「異科接ぎ木はできない」という常識を覆す凄い発見です。帰国後には、タバコを介してシロイヌナズナとトマトをつないでみたら、なんとトマトに花が咲いて実までなったんです!これはなにかとんでもない発見をしているのではないか、と思いました。

この発見を社会に生かすためには、メカニズムの解明が必要でした。
キヤノン財団助成期間中に分子レベルでのメカニズム解析を行い、終了から2年後に論文公開しました。採択いただいた当時は、まだ研究の初期段階でしたが、「これは面白い、やるべきだ」と背中を押していただき、挑戦する勇気を持てました。いつか形にして恩返ししたいという気持ちで取り組み、その結果、今のような形につながって本当にありがたかったと思っています。

さらに最近の研究では、接木部の観察のためにMicro-CTや超高圧電子顕微鏡のような異分野の先端技術を応用しています。超高圧電子顕微鏡観察ではオートファジーの関与を発見しました。細胞を新しく作ってあげないと傷をふさげないのですが、そのための栄養源をオートファジーのリサイクルシステムが働くことで得て、初めて接木が成立するということにも気づけたということです。また、もともと医療分野で考案されたスーパーコンピュータを使った遺伝子ネットワークの推定も取り入れて解析を行っています。この解析では遺伝子相互の因果関係に基づく発現連鎖も推定することが可能となりました。これからも異分野の技術を取り入れながら、より奥深いメカニズムの発見を行っていきたいと考えています。

先生の研究の社会へのインパクトについて

接木の技術利用を考えて会社を立ち上げてから8年になります。異科接木の技術を使って社会実装しようと会社を興したのですが、接木の苗を提供する会社ではなく、主に育種のブリーディングをやる、要はより良い品種を作っていきましょうという会社です。品種作成のため、ゲノム編集などのバイオテクノロジーも使います。

人類の歴史は育種の歴史とも一致するぐらい、育種に頼ってると言えます。よい苗を作るために、テクノロジーを駆使するわけですが、その技術はライブラリーで持っておくことが大事だと思っています。だから色々な技術を全部強くして、作りたいという場面で非常に低いコストでスピーディーに作るノウハウを蓄積します。今は本当に実績がある作物の種類は10種類ぐらいあります。我々のようなスタートアップがものを提案し、世の中に影響を与えることによってより大きな波を生んでいければよいと考えています。

次世代に伝えたいことは?

「役に立つことをやらなきゃ」と思いがちですが、そういった視点から目的に向かって一直線に進んだ人が必ずしも成功するわけではなく、「これが好き」というものに進んでいって、思いがけず社会に新しい風を吹き込むことがあります。だから、まずは“好きだからやる”でいいんです。

そして、人生には出会いも大切です。たまたま誰かに親切にされた、それに応えたいと思った——そんな小さなきっかけが、思いもよらない道を開いてくれることもあります。だから、自分の「やりたい」という気持ちを大事にして、あきらめずに進んでほしいと思います。

ただ、何かを成し遂げるには、好きなことだけでは足りないこともあります。工学や数学、化学など、幅広い知識が必要になる場面もあります。勉強が苦手な人もいるかもしれないけれど、「これって何の役に立つの?」と思うことも、後になって必ず生きてきます。でも、そう言うと「全部頑張らなきゃ」と気負ってしまう人もいます。そんなときは、「ひとつだけでいい」と伝えたいです。自分の得意なことに集中して、他のことは周りの人に頼っていいんです。誰かが助けてくれるし、自分も誰かを助けられます。そうやって支え合いながら進めばいいのです。

だから、全部を完璧にやろうとしなくて大丈夫です。でも、ここぞというときには、思い切り頑張ってみてください。ちょっと矛盾しているようだけれど、そうやって道は広がっていくんだと思います。

Profile

野田口 理孝(のたぐち みちたか)

京都大学 大学院 理学研究科 生物科学専攻 植物生理学講座
名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 生物産業創出研究室
教授/理学博士

https://physiol2.bot.kyoto-u.ac.jp/HP3/home.html